第十七節 昇陽
ガサガサと物音がする。廃屋の窓から差し込む光と、その音でフィーネは薄目を開けた。音の正体は、ルナが廃屋を出て行く音だった。
私とリバレスさんを残して、こんな朝から何処に行くのだろう。
彼女は興味本位でルナの後に付いて行く事にした。
「惨(むご)いな……」
人も動物も居ないこの村は静寂に包まれ、ルナさんの声が遠くからよく聴こえた。彼は、破壊の限りを尽くされた村の中で、「何か」を探して歩いている。草叢(くさむら)、瓦礫(がれき)の下、廃屋を巡って。
それは……、「死体」だった。殺された人達の。
「ドォーン!」
轟音が響き、私は思わず耳を塞ぐ。一体? 物陰から顔を出して、その音源を探る。ルナさんが、地面に大穴を開けていた。不思議な力で。
死体が宙を舞い、穴に呑みこまれて行く。ルナさんは、全ての村人を埋葬するつもりなのだ。何の為に? きっと、私をこれ以上悲しませない為に。
あなたは、優しい。私が思っていたよりもずっと、ずっと。
私は眩い太陽を背にして、一夜を明かした廃屋に戻る。美味しいご飯を作らなくちゃ。
「お帰りなさい、朝食の準備は出来てますよ! (ありがとうございます)」
何だか嬉しくて、私は目一杯微笑む。「ありがとうございます」は心の中で言った。
「ただいま」
ルナさんも笑ってくれた。最近、良く笑ってくれる。
ん? ルナさんの表情が険しくなった。リバレスさんが笑ってる。また、「頭の中で」会話してるのだろう。私にもそんな能力があれば良いのにな。
ルナさんが、リバレスさんを指で突っ突く。
「痛いー! フィーネ、ルナが苛(いじ)めるのー!」
今にも泣き出しそうな顔。一体どうしたのだろう? でも、苛めるのは良くない。
「あらあら、ルナさん。リバレスさんを苛めたら駄目ですよ」
私がそう言うと、ルナさんは苦笑した。ん? 私は何か間違った事を言ったかな。
「リバレス、冗談は止せ。フィーネが本気で信じるだろ?」
「はーい。フィーネ、ごめんね。ふざけてただけよー」
リバレスさんが、ちょこんと頭を下げてルナさんの肩に乗る。
「冗談だったんですか! てっきり喧嘩をしたのかと」
「見れば解るだろ? フィーネ、君は騙(だま)され易いから気を付けるんだぞ」
「よく言われます。でも、私は人を疑うより信じて生きて行きたいんです。その方が幸せじゃないですか?」
「そうかも知れないな。だが、少しぐらいは疑いを持った方がいい。また、魔に騙されたら困るしな」
腕組みをして何かを考えているルナさん。誰かを疑うのは嫌だけど、心配をかける訳にはいかない。
「はいっ! 努力してみます」
フィーネがテーブルに料理を運ぶ。暖炉の火で焼いたトーストを無塩バターと砂糖で味付けしたもの、野菜を煮込んだスープが二人分並んだ。
私は、ルナさんがトーストを齧るのを見ている。感想が聞きたいから。
「このトーストは……、辛いものなのか?」
予想外の言葉、トーストが辛い筈が無い。
「え? 甘い筈ですよ!」
私はトーストを千切って、口に入れた。辛い! まさかそんな筈は……、ううん、さっきはボーっとしてたから有り得る。
「ごめんなさいっ! ……砂糖と塩を間違えちゃいました」
「フィーネは見た目と違ってドジねー」
恥ずかしい! 早く作り直さないと。私は、トーストが乗った皿に手を伸ばす。
「フィーネ、このままでいいよ。十分に美味しいから」
伸ばした私の手を止め、ルナさんは瞬く間にパンを食べてニコッと笑った。
「ルナさんは……、優しいんですね」
朝の光景も思い出され、涙が出そうになる。何とか、目からは零れなかったけれど。
「どうしたんだ? 悲しいのか」
「いいえ……、嬉しいんです。私、ルナさんだけは、信じていけそうです」
全身が火照り、胸の奥も熱い。こんな気持ちは……、初めてです。