第二節 月舞(つくまい)
先刻の裁判を終え、ルナとリバレスは部屋に戻った。
彼等は同室で暮らしている。通常、学校に入った天使は一人で暮らすが、ルナはリバレスの保護者なので、同室なのだ。リバレスは生まれた時から二百二十四年間、ルナと一緒である。彼等が暮らすのは、神殿の四階南側、特待生宿舎の一室である。天使達の住居は、全て神殿の中にあり、総戸数は八千戸。その内、特待生宿舎は五百戸であり、学校や仕事に於いて成績が優秀な者しか居住を許されない。ルナは、千歳の誕生日に学校に入学してから八百二十六年間、常に成績がトップであり、特待生宿舎以外に住んだ事は無い。
隣室には、ジュディアが住んでおり、今日も彼女が弾くピアノの旋律が響いてくる。
時刻は夜の十時半。ルナは無言で、窓の外で燦然(さんぜん)と煌(きらめ)く、月と星々を見ている。数分後、彼は振り返り、物憂げな表情で呟いた。
「……クロムさんは、何も悪くなかった」
その言葉を聞いたリバレスは、部屋を飛び回り、ルナの眼前で止まった。
「ふー……。ルナの気持ちは解るけど、殺されるような無茶は止めて欲しい。ルナは、わたしの親も同然なんだからねー」
確かにそうだ。彼女の声には、心の奥底から響く心配が込められている。私は、彼女を捕まえて、肩の上に乗せた。そして、泣きそうな顔をしている彼女の頭を撫でて言う。
「ごめん。心配かけて悪かった」
「ルナが死刑になったりしたら、わたしの居場所が無くなる事も忘れないでねー!」
「ああ、忘れない」
正直自信が無い。
クロムさんにも誓った通り、私は神官になるつもりだ。だが、再び自分の大切な人がハーツによって殺されるなら、私は自分を抑えられないだろう。
しかし、私が死ねば身寄りの無いリバレスは天涯孤独となり、生きてはいけない。彼女は、この世界に生を受けたと同時に、母親を失っている。父親は消息不明だ。彼女の存在のお陰で、私は今まで感情の奔流(ほんりゅう)を止める事が出来たのだ。
生まれた時に草叢(くさむら)で大泣きしていた彼女、今も変わらず泣き虫な彼女、だが私を支え理解してくれる彼女。そんな彼女を苦しめたくは無い。
そんなルナの葛藤を見透かしてか、リバレスは努めて明るく振舞う。
「ふわぁー……。今日は疲れたし、もう寝ましょーよ」
「そうだな。その前にESGを飲まないとな」
ESG(Energy Sphere of God)は、天界で生きる者全てのエネルギー源で、直径一cm程度の透明な球体である。彼等は祭事の酒を除いて、ESGと水しか摂取しない。
二人は、その二つを摂取した後、それぞれのベッドに入った。
リバレスは即座に眠りに就いたが、ルナは数時間、寝付けなかった。