山脈の上から斜陽が照らし、一陣の風が砂を巻き上げる。 此処は見渡す限りの廃墟である。かつて此処はリウォルと呼ばれ、堅牢な城と街があり活気に溢れていたが、存在シェ・ファによって人も建造物も灰塵と化した。住人も消えた事によりこの街を積極的に復旧させようとする者は無く、未だ手が付けられていない。廃れた場所には、荒んだ心を持つ者が安寧を求めてやってくる。リルフィとフォルティスが構築する美しい世界と秩序に馴染めず反感を持つ者や、そもそも社会というものを憎む者にとってこの場所は都合が良かった、公には誰も住んでいない場所であるが故に何者にも束縛される事が無い。 フィグリルとヴァリエンテへの襲撃から三日が経過していた。この三日間は世界で特に変わった動きは無かった。赤い影によって操られた群衆が意識を取り戻すと、操られていた間の事は何も覚えていなかったので、原因の調査も進まなかった。だが、誰にも気付かれる事無く確実に事態はこの廃墟で進行している。 廃墟の中でまだ保存状態の良い、避難所として作られた建物の地下室に数百名の人間や元天使、元魔が集結している。壁には等間隔で燭台があり、必要最低限の明るさで部屋を照らす。これは夜にリウォルの廃墟を空から眺めても何も見えないようにする為である。 部屋の奥には三体の赤い影が立ち、群衆はじっと影を見詰めている。左端の赤い影は、人と魔を掛け合わせたような歪んだ影、中心は天使のような翼を持ち豪奢な杖をもった影、右端は巨大な狼のような姿をした魔の影である。やがて、中心にいる赤い影が口を開いた。 「善良なる心を持ち、此処に集まった皆様、神や獄王の欺瞞に振り回されるのは一時も耐え難いでしょう!?」 影はそう声を上げた後、杖で床を叩いた。群衆は一瞬静まった後、その言葉に対して一斉に同意の叫びを上げる。そして、次は巨大な狼のような影が叫ぶ。 「ワシらには何者にも縛られず、生を謳歌する権利がある!」 獣のように響くその声は、群衆を更に奮い立たせる。更に、歪んだ影が静かに語る。 「神と獄王の存在を許しておけば、いずれまた多くの弱き者が犠牲になる。奴らは決して争わずには居られない存在なのだから。多くの血と憎しみの上で仮初の平和が成り立っている事を奴らは忘れている」 その言葉を再び杖を持った影が引き受ける。 「そもそも、存在シェ・ファにより半数もの尊い命が失われたのは、神と獄王が自分達の優位を保つ為に行った過去の業が原因なのです! それが無ければ、貴方達の大切な者が死ぬ事は無かった」 影は涙を拭うような仕草を見せる。一部の群衆から嗚咽が漏れる。群衆の中には、家族を失った事で生きる希望を失いこの地に住み着いた者も少なくない。 群集が落ち着くまで少しの時間を置き、狼のような影が吠える。 「さあ今こそ立ち上がる時だ! 日の出と共に此処を出発し、世界に真実を知らせるのだ! そして、神と獄王を追放してワシらで新しい世界を創るのだ」 数百の群衆が拳を突き上げ叫ぶ。その声は部屋で反響し地鳴りのようになる。 「今は暫し眠れ。明日からは忙しくなる」 歪んだ影が静かだがよく通る声でそう語ると群衆は静まった。その様子を見て三体の影は奥の部屋へと入っていく。奥の部屋には何の明かりも無いが、彼らが視界に困る事は無い。彼らは「血」と「精神エネルギー」で構成されており、人間や魔に比べて遥かに高い能力を持つからだ。 杖を持っていた影が、部屋の奥の豪華な椅子に座る。他の二人も隣の椅子に腰掛ける。 「やはり、群衆を操作するだけでは神と獄王を倒せないようですねぇ。群衆の自発的な意思により奴らを排斥しなければならない。奴らは人間や元魔を殺す事などできない筈ですからね」 「その通りだな、ガッハッハ……!」 「積年の恨み、その身を以て償うが良い……」 中心の影が杖で床を叩く。硬質な音が狭い部屋に反響する。 「これも全ては『あの方』のお蔭です。感謝して私達も眠りに就きましょう」 影がそう言うなり、三人は「赤い霧」となって消えた。杖がカラカラと床を転がる。其処にはもう誰もいない。 | |
目次 | 第六節 |