〜永劫火〜 「うあぁぁ!」 指輪を持つ右手が炎に包まれる!否、そう思った刹那私の体全体が燃えていた。全身の細胞が死滅する激痛が体を駆け抜けた後、無尽蔵のエネルギーが私の魂に流れ込み、宝石シェファを核として『精神体ルナリート』が再構築されてゆく…… 肉体の私は死んだ。もう戻る事は二度と無い。 精神体になった瞬間から、人間界だけでなく獄界の意識までもが全て私に流れ込むようになった。全ての人間、魔、その他の生物の感情が手に取るように解る。魂界に居た時、それは想像を越えた苦痛だと思っていたが、そうでは無いようだ。私に伝わってくるのは、未来を願う切なる祈りが殆どだからだ。 シェルフィアとリルフィ、キュアは戦いの場まで付いて来る。少しでも近くで戦いのサポートをする為だ。シェ・ファに彼女達を殺させはしない。私が必ず守るから。 私は全員を、『転送』の膜で包んだ。空に入った白い罅の中心へ向かう為だ。其処にシェ・ファは居る。 景色が瞬時に移り変わる。次に瞬きする頃には、敵の眼前だ。 白。目に大量の眩い白が飛び込んでくる。空に垂直に入った真っ白な罅、罅から零れ落ちる白砂、海を塗り潰す絵の具のような白。そして、純白のローブを纏い、透き通る程色が白い存在シェ・ファ! 封滅で封じ込めた時から何も変わっていない。潔癖で近寄り難い美しさ、閉じられた瞳、無感情な顔。表情を変える事無く、彼女は口を開いた。 「生命体が、精神体になるとは。予想はしていましたが、まさか実行するとは思いませんでした。ですが、状況は以前より悪化しています。魂界が消えた今、私が貴方を倒せば生命の循環は永遠に断たれる。よって、肉体を失った全ての魂は私と同化する以外の選択肢を失ったのです」 私は星剣フィアレスを抜き、彼女の眉間に突き付ける。 「お前は私に倒される。そして、生命は巡り続けるだろう」 眉間から一筋の血が流れる。私の力を注いだ剣での攻撃は彼女にも有効だという証明だ。 「精神体ルナリート・ジ・エファロード、星剣フィアレス・ジ・エファサタン、星鎧ハルメス・ジ・エファロード。貴方達の力は私に匹敵するようですね。それならば、私も本気を出さざるを得ない」 彼女は右手を宇宙空間に向けて広げ、左手を自分の胸に当てる。 この隙にシェルフィア、リルフィ、キュアを戦いの中心から遠ざけた。彼女達は、空中で巨大な三角形を作り私達に力を注ぐ。シェルフィアは精神体の私に人間界から集めた祈りの力を転送し、リルフィは自分の力を兄さんに送り『保護』能力を高める。そして、キュアは獄界の力を一身に受けそれをフィアレスに送っているのだ。 「(ルナさん、頑張って!)」 「(お父さん、ハルメスさん、フィアレスさん、わたし達がいるから何も心配しないでっ!)」 彼女達の声が『転送』で響く。安心感に満たされ、何でも出来るような気がしてきた。 「精神体で創った剣と鎧です」 ガラスのように透明な剣と鎧。脆そうに見えるが、秘められた力は現世のどんな武具をも凌駕している。 彼女が両手で剣を構えた瞬間、雷鳴が轟いた。そして、無数の白い稲妻が彼女の剣に集約される。 まさかこれ程までとは……。2年前、如何に彼女が手を抜いていたかが解る。私達を倒すのに最小限の力しか使っていなかったのだ。 無意識に一歩後退る。だが、その様子を察知した二人が即座に声を上げた。 「(弱気になるなよ、ルナリート。僕が君の剣になっているんだぞ)」 「(そうだ、俺がお前をしっかり守る。思い切り行け!)」 精神体は酸素を必要としないが、私は深呼吸して剣を強く握り空を蹴った。 「キィーンッ!」 剣がぶつかり合う。もっと力とスピードを! 私がそう願うと、核の宝石から更なる力が溢れて来た。その力で剣を振るう! 「ブシュッ!」 シェ・ファが私の剣を回避出来ずに、左腕にダメージを受けた。だが傷は浅い、追撃だ!だが、 「私も出力を上げましょう」 その声と共に私の視界から彼女が消えた。気配を探る。後ろだ! 「ガキンッ!」 星鎧に衝撃が走る!気付くのが後一瞬遅ければ、首を刎ねられていた。 「貴方もまだまだ出力を上げられるようですね。しかし、出力を上げれば上げる程、精神体で居られる時間が短くなる。そうでしょう?」 「そうだな。だが、どの程度まで力を出せるか、どれぐらいの時間戦えるかは私にしか解らない。精神体は誰の心でも覗けるが、お前は唯一私の心は読む事は出来ない」 私は不敵に微笑んだ。それでも彼女の表情は変わらない。 「その通りです。それにしても、私以外の精神体がこんなに傍に居るのは、とても久し振りです。この感覚は、貴方達の言葉を借りれば『懐かしい』と形容するのでしょう」 シェ・ファの他の精神体、それは即ち別の『存在』。宇宙は、『存在』から生まれた。その『存在』は言わば『存在の源泉』だ。源泉から飛び出した存在は星となる。彼女は、『この星』になった時から独りだったのだ。それを考えると憐憫の情が沸いたが、直ぐに打ち消す。私は彼女を倒さなければならないのだ。 其処で一つの疑念が浮かんだ。彼女を倒せば、否、彼女を消し去ればどうなるのか? 「私がお前を倒せば、この星はどうなる?」 この問いの答を知っているのは彼女しか居ない。答が何であれ、私が彼女を倒すのに変わりは無いからこそ、その問いを投げかけた。 「私が完全に消滅すれば、この星も崩壊するでしょう」 予想通りだ。だが、一つだけ方法がある。出来ればそれを彼女の口から聞きたい。 「しかし、貴方なら解っていると思いますが、私の『意志』のみを破壊出来れば生命は死滅せずに済むでしょう」 やはりその方法しか無い! 彼女は本来意思を持っていない。意思は、12の魂によって造られたもの。ならば、12の魂と意思を砕けば良い。そうすれば彼女は再び眠りに就き、この星の生命に安息が訪れる。 「それを聞けば十分だ。心置きなくお前を倒せる。尤も、私がそれを実行出来ないと踏んでいるから話したのだろうが」 「ご明察です」 その言葉を聞いた直後、私は彼女から出来るだけ離れた。力を解放する為だ。今迄が40%、これから一気に80%まで引き上げる。 「うおぉぉ!」 星全体が鳴動を始めた。海底からは盛んにマグマが噴き上げる。そして、私自身はS.U.Nのように光り輝いている。 「生命の足掻きは、もうそれぐらいで良いでしょう」 彼女が透明の剣に、濃縮された白光を纏わせ突進して来た!剣が私目掛けて振り上げられると同時に、私は全力で星剣を振り下ろす! 「カッ!」 剣がぶつかった瞬間、光が弾けた! 剣を中心にエネルギーの波動が拡がり、全てを飲み込んでいく。空気は真空となり、海は干上がる。大地は消滅し、後には何も残らない。上も下も横も、見渡す限りが無と化した。私とシェ・ファを除いて。シェルフィア達は? 「(シェルフィア、無事か!?)」 私は冷や汗をかきながら、全世界に向けて意識を転送する。 「(ええ!三人とも転送で100kmぐらい離れたから大丈夫)」 「(良かった。だがもっと離れてくれ。此処から半径500km以内には誰も近づけてはいけない)」 「(解った!)」 剣がぶつかるだけで、半径数十kmが消失する。精神体の力はこれ程なのか…… 「この程度の衝撃で何を驚いているのです?まさかそれが貴方の全力ですか?」 シェ・ファには傷一つ無い。そして私にも。どうやら私は、全力で剣を振るったつもりが、力を抑えていたらしい。 「そう思うか?」 私は意識を剣に集中し、更なる力を願った。すると、剣を握る力が増大するのを感じる。そうだ、精神体は力を込める箇所を自在に変えられるのだ。魂界から受けたエネルギーが余りにも強大で、全身に力を均等に割り振っても、魂界でシミュレートした時とは比べ物にならない力を発揮出来る為、その事を失念していた。 私は空を蹴り、彼女に剣を振り下ろす刹那、転送を使う! 「キキキィーン!」 背後に転送した私の剣を、彼女は振り向きもせず剣で受け止めた。そして、ゆっくりと振り返る。 「速さも力も貴方は発展途上。ならば、今の内に貴方を消し去る」 彼女の長い銀の髪が逆立った。そして、認識出来る限界を超えた無数の斬撃が私を襲う! 「ブシュブシュッ!」 「ガキンッ!」 私は堪らず転送でその場を回避する。だが! 「これで終わりです」 転送先で見たのは、数万の白い荊のような白光を纏った剣を振り下ろした彼女の姿だった。 「ピカッ!」 彼女の剣が、鎧と私の体を貫通する。そして、白光が私の全身を覆い焼き尽くす…… 「ドーンッ!」 海に落ちた。それでも私の落下速度は加速する一方だ。やがて岩盤にぶち当たり、溶岩が私の体を包む。 痛みは感じない。だが、今の一撃で残存しているエネルギーが急速に減少したのが解る。そして…… 「(兄さん、フィアレス!)」 溶岩の中で身を捩りながら叫んだ。彼等へのダメージは、直接魂の消耗に繋がる! 「(俺は大丈夫だ……。だが、あの攻撃は何度も耐える事は出来ないだろう)」 兄さんの声が響き、鎧が修復してゆく。 「(僕も平気だ。君が究極の一撃で奴を葬るまで、僕は折れたりしない)」 良かった。私達はまだ戦える。私は自分の傷を修復させた。 溶岩の中で立ち上がり、再び剣を握り締めたその時、何処からともなく声が聞こえた。 「絶対、ルナさんなら勝てる。もっと自分の力を信じて!」 「お父さん、今から私達のありったけの力を送るから」 「フィアレス様、獄界の皆も貴方の勝利を確信してる」 意識の転送、否、直接魂に響いてくる声だ。それだけでは無い。 「ルナ!負けるんじゃねぇぞ!」 「ルナリート君、僕達の事は気にせず全力でぶつかって下さい!」 セルファスとノレッジの声が内から聞こえてくる。 「ハルメス、しっかり弟を守るのよ」 ティファニィさんの声。鎧が身震いするのを感じる。 「(行こう!)」 私達は同時にそう叫んだ。 溶岩を飛び出し、一気にシェ・ファの元へと舞い戻る。 「あの攻撃で無事とは……。予想外のエネルギーです」 彼女の表情が一瞬歪んだ。感情は無い筈なのに、まるで動揺しているようだ。 「もうお前の攻撃は受けない!」 私は残った力を全て解放した。恐らく、この状態が続くのは5分も無いだろう。 「光闇剣!」 極術『光闇』は、神術『光』と魔術『闇海』の融合。肉体の時の極術は、シェ・ファの攻撃を掻き消すのが限界だったが、精神体である今は桁違いの精神エネルギーで発動させる事が可能だ。尤も、フィアレスは精神体では無いので、魔術で足りないエネルギーも私がカバーしている。 「受けてみろ!」 彼女が避けきれないスピードで、私は剣を振り下ろす! 「キィィ!」 彼女が剣で受け止めたのが見えた!その直後、視界が白と黒の斑に包まれる。精神エネルギーの結晶同士の衝突。『星の核』レベルの力の競り合い。この星自体が痛みの叫びを上げている! 大気、海、陸、山、溶岩、そして獄界……。星の全てがのた打ち回っているのだ。 「うおぉぉ!」 力を腕と剣に全て集約させ、私は剣を振り抜いた! 「ドオォォー……ン!」 光闇が霧散する。 周りには何も見えない。シェ・ファの姿も。唯、暗黒と真空と静寂だけがこの場を覆っている。 数秒が経過した。大気が真空に流れ込む。それから暫くして、粉雪が舞い始めた。 「勝ったのか?」 私は辺りを何度も見渡す。だが何の気配も無い。 現状を確認してみる。私が精神体の姿を維持出来るのは、恐らく後1分程度。星剣フィアレスは、柄にも刀身にも無数の罅が入り、一振りで折れそうだ。聖鎧ハルメスは肩当てが砕け、胸当てから放射状に深い亀裂が走っている。 限界が近い。頼む、もう現れるな! だが……闇の底から小さな白い『一点』がぼんやりと浮かび上がってきた。 鎧が砕け、ローブがボロ布のように破れ、全身が血塗れのシェ・ファ。腰まであった銀の長髪も、今では肩の下までしか無い。 「互いに、満身創痍ですね」 彼女が微笑んだ、ように見えた。一体彼女は? 「く……。次の一撃で終わりだ」 「はい、異論はありません」 どちらも、最後の攻撃を行う力しか残っていない。自分の攻撃力を抑えて、相手の攻撃の回避に専念し、次の一撃で倒す事も考えたが、力を抜くと回避する前に私が消滅させられる可能性が高い。 私は震える手で剣を握り直した。深く息を吸い込み、精神体の維持を除いた全ての精神エネルギーを剣に集約させる。 最後にして、究極の一撃。神術でも魔術でも無く、『私そのもの』を燃焼させるのだ! シェ・ファも自分のエネルギーを剣へ注いでいる。彼女の剣は白く輝き、まるでS.U.Nの光を至近距離で見るかのようだ。 互いの力が頂点に達する! 「行くぞ!」 私の全身、剣、鎧の全てが精神エネルギーの炎で覆われる。触れるものを瞬時に焼き尽くす炎。 「永劫火!」 S.U.Nを超える超高温、そして精神体をも消滅させるエネルギー密度を持った劫火がシェ・ファに直撃する!その刹那、 「起源の白」 シェ・ファが劫火に向けて剣を振り抜いた! 炎が白を飲み込む!だが飲み込んだ瞬間、白が炎を貫く! それが一瞬の内に、何度も何度も繰り返される! 私達の剣を中心点として、惑星シェ・ファが放射状に崩壊していく…… 白が眼前に迫る!私の劫火は殆ど消し去られてしまった。 剣が折れ、鎧が砕け、私の体は半透明だ。もう……維持出来ない。 何もかもを諦めかけたその時、背後で声が聞こえた。 「ルナさん、私の力を使って」 シェルフィア!?一体何を? 体の中心に、細くて柔らかいものが入っていく。まさか!? 「やめろ!」 「ごめんね」 彼女が、宝石シェ・ファを握り締める。瞬時に彼女は肉体を失い、精神体となった。 「『私』を貴方に預ける。だから負けないで!」 シェルフィアそのものが、私の中に入った。私は涙を流しながらも、力で満たされるのを感じた。 「うあぁぁ!」 私は半狂乱になり、スクリュー状の永劫火を再度放った! その一撃は、白を引き裂きシェ・ファの胸へと到達する。 最後の瞬間、私が見たのは優しく穏やかな目をして微笑んでいる彼女の顔だった。開かれた瞳からは涙が零れ、その雫に私が映っている。 「強くなった『私の子供達』……。私はこれからも貴方達をゆっくりと見守っています。貴方達が選んだ『生きる』という選択、それには多大な苦難が付き纏います。しかし、誰かの為に生きる事が出来る強さ……、それがある限り、乗り越える事が出来るでしょう。私(シェ・ファ)はもう、母として貴方達に干渉する事はありません。思うように生きなさい。願わくは、光溢れる未来を」 彼女は再び目を閉じた…… 今の彼女が、12の魂の支配から解放された、『この星』としての彼女なのだ。 私は無意識に嗚咽を漏らす。 シェ・ファは、永劫火と共に、大地の奥へ、奥へと沈んでいく。 私は、大いなる母の微笑みを胸に抱き、自分の体が光の粒となり消えていくのを、唯じっと見詰めていた。 | |
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