§第四章 Luna§ 【第一節 母子の絆】 ルナさん。今でもこの名前を口に出すだけで、ううん心で呟くだけで涙が零れそうになります。 早く会いたい。リルフィの前で強がっていても、私は貴方がいないと生きている実感が沸かないの。自分が死んだ時、魂界に行ってからは絶望よりも希望が強かった。自分が頑張れば、またルナさんに会いに行く事が出来るから。でも、今は唯待つだけ…… ルナさんが必ず戻ってくる事は解ってる。貴方なら、記憶も失わないでしょう。 私は強いって言ってくれた。でも、それは私の傍に貴方がいてくれたからだと思う。 ルナさんが世界を守って、魂がこの世界を離れてからもうすぐ二年が経ちます。魂界と現世では時間の流れが違う。魂界の方が早く時間が流れるみたい。だからルナさんが魂界で過ごしている期間は一年ちょっとぐらいかな。 今日こそは、ミルドの丘に戻ってきてくれる。そう信じて、私は毎日空を見上げています。でも、夜が来て眠る頃には寂しさで胸が一杯になるの。 二年、その間に沢山の事がありました。 私とリルフィ、ジュディアさんとウィッシュは最初の数日間は悲しみが強過ぎて何もする事が出来なかった。その中で最初に立ち上がったのはウィッシュ。ウィッシュはセルファスさんの剣の残骸を持って言ったわ。 「僕……、俺は偉大な父さんの息子なんだ。俺が今すべき事は、世界中で苦しんでいる人々を支える事だ!」 彼が駆け出そうとしたその時、私とジュディアさんは何も声をかけられなかった。 でも、リルフィは違った。 「わたしも行く。わたしはルナリートの娘。弱音ばっかり吐いてちゃダメだもんね」 二人が視界から消えて、私はジュディアさんと顔を見合わせて頷いた。 「子供達があんなに強いのに、私達がこんなじゃ駄目ね」 「ええ、行きましょう」 その後、私達は世界の復興に尽力した。やるべき事は山積みで、まずは犠牲者の遺族の住む所と食料の手配で時間が過ぎていった。ようやく人々の寝る所と食料を満足に確保出来たのが一ヵ月後。次の半年は、心を病んだ人達のケアで終わった。 少し余力が出てきた所で、ミルドの丘に一軒の家を建てた。ルナさんを待つ為の、私とリルフィの仮住まい。 私とリルフィは二人とも『転送』で世界中を瞬時に移動出来る。だから、時間の空いた時はなるべくこの仮住まいに来てるの。 私とリルフィは、貴方が早く帰って来てくれる事を祈ってる。雨の日も晴れの日も、風の日も凪の日も。 リルフィは私よりも強い心を持っているわ。昔からそうだった。私達の娘だけど、持ってる靭さは誰よりも強い。 この二年間で、あの子の靭さが身に染みて解った。何気ない一言だったけど、私はその日を思い出すの。 〜雪の音〜 窓。仮住まいの窓の外は真っ白だった。昨晩から降り続けた粉雪が時間をかけて積もったのだ。 今日は久々に一日休み。リルフィが朝からクッキーを作りたいと言うので手伝った。出来は上々、彼女の料理の腕前は日に日に上がっていく。いずれは私を越えてしまうかもしれないと思うと、嬉しい反面ちょっと寂しい。リルフィは元々手のかかる子では無かったが、成長していくにつれて、ますます親の手を煩わせる事が無くなった。 まだ10歳なのだから、もう少し甘えて欲しいと思う親心は私の我儘なのかな? 完成したクッキーを持って、リルフィは出掛けた。世界中にいる友達に少しずつ配るみたいだ。何とも彼女らしい。 一人になった私は、丘の樹へ向かう。ルナさんと私が最初に出会った場所。永遠の約束の場所。そこで育った樹は、私達の過ごした年月をそのまま体現しているのだ。それを愛しく思わない筈が無い。また、樹の麓にはルナさんの肉体が眠るお墓がある。 ルナさんのお墓に口付けして、私は樹の麓に座った。私が座ったのは、お墓から見た樹の裏側。お墓からは死角になる。一人になった時、私はいつも此処へ来る。此処なら誰にも見られずに泣く事が出来るからだ。 雪の降るミルドの丘、私(フィーネ)が戻ってきたのもこんな日だった。こんな日にルナさんがいないのは余りにも寂しくて、日が落ちて夕食の準備に取り掛かるまでは此処にいようと思っている。 此処に私がいる事は誰も知らない。そう、リルフィさえも。 その時、ルナさんのお墓の方で物音がした。私は息を潜める。だが、物音はすぐに消えた。 聴こえるのは、ひらひらと舞う粉雪の音。誰かがいる気配はあるが、長い間雪の音しか聞こえて来ない。 その沈黙が唐突に破られる。良く知っている声によって。 「パパ、ううん今日からは『お父さん』って呼ばせて貰うね」 ガサガサという物音。リルフィが、今朝作ったクッキーを墓前に供えているのだろう。花瓶に花を挿す音も聞こえる。恐らく、仮住まいで育てているルナ草。 「また、お父さんと離れちゃったね。せっかく、貴方の娘として生まれる事が出来たのに」 『また』? 彼女は……やはり。 「お母さんは頑張ってるわ。私の前では涙は見せないようにしてる。だから、わたしも泣かない。直ぐにまた会えるもんね」 リルフィは私が一人で泣いているのを知ってる。彼女は昔から人を理解して、何も言わず優しく見守る子だった。思わず目頭が熱くなる。 「次に会う時はきっと……存在シェ・ファとの最後の戦いになる。お母さんも、それには薄々気付いてるのよ」 そんな事は口に出した事が無いのに、何て子だ。 「だから、今度は一緒に戦おうね。わたしもお母さんも、お父さん一人が苦しむのを許さないから」 私は目を閉じ、黙って頷いた。祈るように掌を組みながら。 「わたし達はずう〜っと一緒。生きても、死んでも、近くても、遠く離れても」 冷たく澄んだ空気を伝って聴こえてくるリルフィの言葉。何もかもを受け入れ、疑い無く永遠を信じている。 私は一人になるとどうしても弱気になってしまうのに、彼女は一人でも…… 貴方は昔からそうだった。 溢れ出る涙が止まらない。私は彼女が去った後も、長い間動く事が出来なかった。 | |
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