§番外編§

 

【愛する者の為に】

 

 あれは、全ての戦いが終わる少し前の事。ルナにもシェルフィアにも黙ってた、ごめんねー……

 そう、シェルフィアに『フィーネ』の記憶が戻ってルナと一緒に帰ってきた時から始まったの。二人ともとっても幸せそうだった。だって、200年前からずっと望んできた事だもんねー。わたしも心から嬉しかった。ルナは自分の命よりもシェルフィアを愛してるし、わたしもシェルフィアは大好きだから。それに、やっぱりルナはわたしにとって一番大切だから……ルナの幸せはわたしにとっても幸せな事になるの。

 

〜記憶を取り戻したシェルフィアとルナリート帰還後の作戦会議〜

「流石だな、ルナ。よく戻った!」

 ここはフィグリル城の屋上にある会議場。冷たく透き通るような空気と満天の星空の中で、わたし達は今後の作戦について話し合うことになっていた。でも、その前に……

「お帰りー!フィーネ、シェルフィア!」

 わたしはそう言いながら、二人の周りを飛び回った。本当に嬉しかったからねー!

「ありがとうございます!しかし、本当の意味での祝杯は、3ヶ月後を乗り越えてからにしましょう」

 シェルフィアと一緒に帰ってきたルナは何よりも嬉しそうだったけど、3ヶ月後には『人間界』は滅ぼされてしまうかもしれない。だから、ルナの表情は険しかった。わたしだって、ルナや人間達の幸せを破壊する事なんて絶対に許せない!初めは人間の事なんて嫌いだったけど、フィーネに出会ってから考えが変わったもんねー……

 その後、今後についての具体的な計画が決まっていった。ルナとシェルフィアは、人間界の戦乱を終わらせる為にリウォル王国に行く事になったけど、わたしはどうすれば?それに、どうしてルナと離されるのだろう?

「あのー……わたしはどうすればいいんでしょうか?」

 わたしは首を傾げながらハルメスさんに聞いてみた。

「リバレス君……君は、ルナ達が帰ってくるまでに俺の下で修行だ。これからの戦い、今のままでは危険だ」

 えっ?わたしは思わず目を見開いた。確かにわたしは力不足かもしれないけど、今の状況でわたしは修行するだけ?どう考えても不思議だったけど、ハルメスさんはルナのお兄さん。ちゃんと考えがあるんだろう。

「……わ、わかりましたー!」

 少し声が上ずりながらも何とか返事をした。でも、その後すぐにルナがハルメスさんに聞き返す。

「兄さんは?」

「俺はリバレス君の修行と並行して、単身で『ある調査』をする。この世界の命運を左右する事だ」

 やっぱりそういう事なのねー……ハルメスさんの顔には深い覚悟が刻まれていた。

「……わかりました。全員の健闘を祈りましょう!」

 ルナの掛け声と共に、皆で手を重ねた。平和と幸せが訪れるまでは戦い続ける。わたしも覚悟を決めた。

 

 でも、わたしがルナ達と離されて修行する事には、もう一つ深い意味があったのよー……

 

 この晩、ルナとシェルフィアと一緒に昔話で夜遅くまで盛り上がった。楽しかったねー、200年前にフィーネと初めて出会った頃の話……船で遭難した時の話……ルナが鈍感だった事やフィーネがドジだった事とか、色々話した。でも、今二人が一緒にいられるのはわたしのお陰だって言われた時は照れちゃったわよー。そんな風に、この夜は笑顔が絶えなかった。それで、つくづく思ったの。

 

『わたしは二人ともやっぱり大好き』だってねー……

 

〜ハルメスと二人で〜

 翌朝、ルナとシェルフィアはリウォル王国への出発準備を終えていた。

「気をつけてねー!」

 今すぐにでもここを発ちそうなルナとシェルフィアにわたしは声をかけた。二人が相手をするのは普通の人間だけど、一応敵国だから心配だった。

「お前も頑張れよ!すぐに帰ってくるからな!」

 そう言ってルナはわたしの頭をポンポン叩いた。わたしが心配したりすると、ルナはいつもこうやって安心させてくれる。昔から、そうしてくれるの好きだったなー……

「はーい!頑張りまーす!」

 わたしは何だかとても元気が出て大きな声でそう返事をした。

 

 その後、ハルメスさんとわたしに見送られながら二人は出発した。生まれてきた時からずっと一緒だったルナを、シェルフィアに独占されているような気がして少し寂しかったけど、それが『愛』だから仕方ないわねー……と思ったりもしていた。

「さてと、リバレス君。約束通り修行を始めようか?」

 わたしがボーッとしていた所で、ハルメスさんがわたしの背中を叩いたのでびっくりした!

「はっ、はいー!」

 

 こうして、わたしはまず修行内容の話を聞いた。この国の近くに無人島があり、そこにある施設でトレーニングを行う。施設にはハルメスさんの製作した様々な装置がある事もわかった。そして、ルナ達が帰ってきたら3人でトレーニングするという事も聞いた。

「話は大体わかりましたー!わたしはルナ達が帰ってくるまで、その施設でトレーニングをしておけばいいんですね?」

「リバレス君は、なかなか物分りがいいじゃないか。俺が施設まで『転送』で送るから修行に励んで欲しい。ただ、明後日の晩『話』があるから迎えに行くぜ。それでいいかな?」

『話』?何故かハルメスさんの表情は真剣そのものだった。

「わかりましたー……一体何の話なんですか?」

 わたしはとても気になってそう訊いた。

「……とても大事な話だ。君にとっても、俺にとっても……勿論ルナ達にとってもな」

 ハルメスさんは少し俯いた。わたしは不安になって更に訊くしかなかった。

「ハルメスさん、あなたは一人で何をする気なんですかー?」

 そこで彼はまた表情を戻し、わたしの目をしっかりと見つめた。

「明後日、全てを話す。だから今は何も訊かないでくれ……ただ、俺が『調査』する対象は『輝水晶の遺跡』だ。それだけは言っておくよ」

 輝水晶の遺跡!?かつてフィーネが命を失った!多くの魂を生け贄にする事で獄界を封じ込めるという!?

「まさか!?」

 わたしは叫んだが、明後日までは何も訊くなと言われている。わたしは大人しくトレーニング施設へ向かう事にした。

 

〜過酷な運命〜

「やはりそれしかないのか」

 ここは輝水晶の遺跡の最深部……暗闇の中に浮かび上がる『虹色の輝水晶』の祭壇。そこには、黒く変色した血液が付着していた。そう……この場所はフィーネがジュディアによって命を失った場所。ハルメスはこの場所で調査をしていたのだ。壁や祭壇は、かつてルナリートが発した『滅』によって至る所が削れている。だが、古代文字の判読には十分だった。この文字は、中界創世時の文字とその前の文字とが混同していた。ルナリート達は気付かなかったが壁面は小さな文字で隙間無く埋まっているのだ。だが、2日間調べて、辿りついた結論は先程発した言葉の通りだった。

 壁面に書かれていたのはこの遺跡の構造、エネルギー回路、装置起動に必要なエネルギー値の詳細だけだったからだ。そう、この遺跡自体が装置であり起動には膨大なエネルギーが必要だ。元々は、人間の魂『10000人』分で起動するように設計されている。『魂』というのは、肉体の生命エネルギーを遥かに凌駕する。だから、この装置に捧げられた人間の肉体は愚か魂も単なる『純粋なエネルギー』と化すのだ。

「俺の生命エネルギーの全てを注いでようやく起動する。それでも足りない場合は、俺の魂までエネルギー化されるんだな」

 ハルメスは誰もいない空間に向かって呟いた。そして、暫く無言で中空を眺めているのだった。

 

 訪れた3日目……

「あー……もうっ!」

 わたしは次々と襲いかかってくる神術人形と戦っていた。倒しても倒しても起き上がってくる。流石はハルメスさんが作った人形。

「キリがないわねー!これでどう!?高等神術『滅炎』!」

 灼熱の空間が凝縮し、熱球が現れる!

「ゴォォ!」

 神術人形が数体直撃を受け、壁まで弾き飛ばされる!これで少しの間は動けないはず。わたしは、空を切り『安全地帯』まで戻った。ここにいると、神術人形は襲ってこない。暫くは休憩だ。

「ふー……いい汗かいたわー!」

 わたしは、汗を拭きESGと水を補給する。まだトレーニングは3日目だが、驚くべき事に高等神術まで使えるようになった。ここまで急激に成長したのは、多分『生命力を上昇させる装置』があったからだ。これは、S.U.Nの光をエネルギーに変換して体内に取り込めるものらしい。

 

「リバレス君、なかなか調子が良さそうだな」

 突然ハルメスさんの声が遠くから響いた。そういえば、今日は約束していた日。もう夜なのー!?

「はいー!お陰様で力がつきました!これで、少しはルナの役に立てそうですー!」

 わたしはハルメスさんの下まで飛んでいった。

「そうか、それは良かった。それでは、『話』の為に城に戻ろうか」

 彼はそう言って微笑んだ。そして、すぐに『転送』によってフィグリル城に移動した。

 

「さぁ、リバレス君飲もう!リバレス君も、酒には強いだろ?」

 今、わたしとハルメスさんは、屋上の会議場で向かい合わせに二人で座っている。空には、眩いばかりに散りばめられた星々……時々流れ星も見える。雲は一つも無かった。まるで、世界にはわたしとハルメスさんの二人だけが存在して……空がそれを覆っている。そんな雰囲気だった。それは物悲しくもあり、遥かなる時の流れに身を委ねている自分自身の存在が小さく感じられた。

「はいー、わたしも天界のお酒を飲んでいましたから。それにしても、ルナとシェルフィアが心配ですねー」

 わたしは、今感じている事を正直に伝えた。わたしは生まれてから今まで、ルナと長期間離れた事がほとんど無い。その所為もあってか、何だか寂しくて心配だった。

「あいつらなら大丈夫だぜ!俺には何となく感じられる。同じエファロードで兄弟だからかもしれないけどな」

 ハルメスさんは力強く微笑んで、わたし用の小さなグラスに最高級のワインを注いでくれた。

「そうですかー!それなら安心です」

 わたしは何だか安心して、注がれたワインを一気に飲み干した。

「おぉ、いい飲みっぷりじゃないか!さぁ今日は二人で飲み明かそう!」

 2、3時間は楽しく会話をしながら次々と酒瓶を空けていった。

「ハ……ハルメスさーん……わたしはそろそろダメですー」

 後ろには酒瓶だけでなく……樽が転がっている。わたしはもうこれ以上飲めない。これがエファロードの実力なのだろうか?

「そうか、俺はまだまだ大丈夫だがな。そろそろ……本題に入るとしようか」

 さっきまでのハルメスさんとは違い、真剣な目つきになった。まるで、視線で射抜かれそうな程だ。

「……はい、わかりました」

 わたしもはっきりと答えた。酔いが急速に醒めていくのを感じる。

 

「単刀直入に言おう。俺は、この戦いに終止符を打つ為に『間違いなく死ぬ』」

 

「えっ!」

 わたしは思わず叫ぶ!一体どういう事!?

「驚いて当然だな。理由を話そう。人間界の平和、ルナとシェルフィアの幸せを考えた選択をするとそうなるんだ。まず、『新生・中界計画』自体を消す事は出来ない。何故なら、それは『神』の意思であり『獄界』の意思でもある。だが、計画の実行を阻止する事は出来る。その為には……神を説得し、説得に応じない場合は戦う事になるだろう。その役目を俺以外の3人に担ってもらう。……その代わりに、俺が獄界からの侵攻を全て防ぐ。そして……最終的には、『獄界への道』を封印する。輝水晶の遺跡に俺の『命』を捧げる事でな」

 そうやって、淡々と話すハルメスさんの表情は強い決意に満ちていた。そして、その目には一点の曇りもなかった。でも!

「そんな事!絶対にルナ達は承知しません!ハルメスさんが命を落とすなんて選択は絶対にダメですよー!」

 わたしは彼の目を見据えた。ここでわたしは譲ってはダメなんだ。

「そうだろうな。あいつらは優しいからな。でも、未来はそんなに甘くはないさ。この戦いに終止符を打つには、誰かが犠牲になる必要がある。俺が獄界を封じないでどうする?仮にルナが神の説得に成功したとしても、獄界からの侵攻は止まらない。それは、結局の所皆の幸せにはならないんだ。いや、俺が愛する大切な弟……その最愛の人……そして、人間達のな。ルナだって、自分の愛すべき人の為には『命』を懸けるだろう?それと同じだ。それが……俺が『二人のエファロードの兄』として生まれた『十字架』なんだ。だから……ルナ達にこの事は黙っていて欲しい。そうしないと、あいつらは絶対に俺を止めようとするからな」

 わたしには止められない。この意思を止める事など出来ない。他に選択などないのだから……それでも、

「……うぅ……それはわたしには難しいです!ハルメスさんは、ルナにとってもシェルフィアにとっても……この世界にとっても必要だから!勿論……わたしにとっても大切な方ですー!」

 嗚咽交じりに懇願するわたしの肩を、ハルメスさんは優しく叩いた。

「……リバレス君。俺にとって、君やあいつらは掛け替えのない大切な存在だ。だからわかってくれ、『愛する者の為』ならば何でも出来るという事を。そして……リバレス君にもう一つとても重要な事を言っておかなければならない」

 これ以上……まだ……何かあるのだろうか?

「……これは確定ではないが……もし、ルナが神と戦う事になり……神が消えた場合……『天界の維持』はルナの選択に委ねられる事となる。天界を維持する場合、エファロードは誰とも触れ合う事もなく……天界の全てを担わなければいけない。だがルナなら、恐らく俺の考えと同じで『維持』を終わらせるだろう。魂に於いて、人間と天使は同等……『別の界』に生きる必要もないからな……しかし、そうなった場合」

 そこまで言って、ハルメスさんはわたしから目を逸らした。一体?

「……続きを聞かせて下さい」

 わたしは彼を真剣に見つめる。しっかりと聞かなければいけない。そんな気がしたからだ。

 

「……天界が消えると……『天翼獣』も消える。……天翼獣は天界のエネルギーのみで存在し……生活しているからだ。そう……リバレス君は消えてしまう事になるんだ!」

 

 わたしは眩暈がした。同時に何も考えられなくなった。ハルメスさんが死に……わたしも消える。それが想像出来なかったからだ。

 

「……急に色々な事を伝えて悪かったと思う。俺の選択は変わらないが、リバレス君自身の事はゆっくり考えてくれていい。でも、ルナ達が帰ってくるまでにはリバレス君の結論が欲しい。結論が出るまでは……ゆっくり休んでくれ」

 ハルメスさんはそう言って、席を立った。冷たい風だけがわたしを通り抜ける。わたしは何をする気にもなれず……唯空を眺めていた。

 その時、星がいつもより眩しく感じたのは忘れない。

 

〜幸せの代償〜

 わたしは……ルナのお陰で今まで生きてこられた。ルナの傍で時を重ね……楽しくて幸せだった。生まれてからずっと今まで一緒だったわねー……たった424年だけど、わたしの一生はとても輝いていたと思う。だって、わたしはルナが大好きだから。ずっとずっと……ずぅーっと一緒にいられると思ってた……それがわたしには当たり前で……それがわたしの生き方そのものだったから。でも、随分昔から覚悟していた事があるのよー、『もし、ルナに不幸が起きて……わたしがそれを助けられるのなら、喜んでこの身を差し出す』っていう事をね。だから、わたしは決めたの。ハルメスさんとの話から丸一日考えていたけど、もう迷わない。わたしは、夕闇の中をハルメスさんの下へ飛んで行った。

 

 下弦の月が照らす城の屋上で……ハルメスさんは待っていた。まるで、わたしが来る事を悟っていたかのように……

 

「ハルメスさん、わたしは、ルナのお陰で今まで楽しく……そして幸せに生きてこれましたー……でも、わたしは……ルナが悲しんだり苦しんだりする姿は見たくありません。もし、ルナが天界と天翼獣について知れば……天界を維持しようとするでしょう。そうなれば……ルナはシェルフィアと幸せになれません。わたしは、ハルメスさんと共に……自分を捧げる決意をしたんです!『愛する者』の為なら何でも出来る。それがわたしにも良くわかりました」

 

 わたしが、そこまで話すとハルメスさんはわたしの手を握っていた。

「……リバレス君……すまない。こんな辛い未来に巻き込んでしまって!」

 ハルメスさんの目から一筋の涙が流れていた。こんなに強い心の持ち主なのに、他の者に対しては深い慈しみに溢れているんだ。

「……ハルメスさん、泣かないで下さい!わたしの方が泣き虫なんですからー!」

 そう言ったわたしの目からも涙が止まらなかった。

 

 そして、二人で約束したのよー……

 絶対に、ルナとシェルフィアを幸せにしようって……

 わたし達がいなくなってもね。

 

 

〜迎えるのは悲壮な決意と強い心〜

 翌日、左手の薬指に綺麗な指輪をつけたシェルフィアと何だかいつもよりも嬉しそうなルナが帰ってきた。わたしとハルメスさんは一瞬目を見合わせたけど、すぐにその意味はわかってしまった。婚約したという事を。わたしは……そんな幸せな事をいつものように明るく笑顔で迎えよう。二人の顔を見ていると、すぐにそう思えた。そう……厳しい未来なんて忘れてね。

「よくやったな!お前達!」

 ハルメスさんはルナに渡された手紙を読んだ途端、嬉しそうに声を上げた。そう、人間達の戦争は終わったんだ!

「はい!後は来るべき日に備えるだけですね!」

 ルナも嬉しそうだった。そんなルナ達の下にわたしは飛んでいく。でも、修行と昨日の話で疲れた所為か少しよろめいてしまった。

「ルナー、シェルフィアー……お疲れ様ー!」

 わたしは二人の周りを祝福する気持ちで飛んで回った。

「今夜は、祝宴にしよう!そして、その時に……これからの予定を話すぜ」

 ハルメスさんの顔は嬉しそうだったけど、自分……そしてわたしの未来と責任を思ってか表情に少し厳しさが顕れていた。

「はいっ!皇帝、今日の祝宴の料理は私も手伝いますよ。私は副料理長ですから」

 へぇー……シェルフィアはこの城で副料理長だったんだ。うーん……フィーネとルナが最初に話すきっかけになったのも『料理』だったもんね。人間って生まれ変わっても、前世に似るものなのねー……と思った。

 

 その後、祝宴が始まり……ルナ達が婚約したという喜ばしい事実も明らかになったのよねー。本当におめでとう!二人なら何があっても絶対幸せにやっていけるから自信を持ってね。わたしは……いつでも見守ってるからねー。

 

 祝宴が終わり、トレーニングの日々が始まった。そして、70日が過ぎて……皆で過ごせる最後の夜になったのよ。無数の星が瞬いて、すごく穏やかな風が吹いていた。もうすぐ人間界には春が訪れる。わたしとハルメスさんはそこに一緒にいることは出来ないけどね……

 

 ハルメスさんは、この日を『最後の晩餐』と名付けた。戦いが終われば、次に訪れる『新しい世界』で最初の祝宴を開こうって言って。この日、わたしとハルメスさんは嘘をついていたの。『全員、生きて再会できる』ってね……でも、それがわたし達の選んだ道だから。わたしもハルメスさんも『愛する者』の為に生きたんだからねー……

 

「(でもね……ごめん、今までこんな風に騙したりする事なんて一度もなかったのにねー)」

 

 この後、ハルメスさんが名付けた『ティファニィ流星群』を眺めた。一生って……流れ星みたいに儚いのかなぁって少し思ったりもしたけど、本当に綺麗だった。数え切れない星屑が夜空を光で埋め尽くしていたから……

 

 ハルメスさんの部屋で……

「悪いな……出来るだけルナの傍にいたかっただろう?」

 最後の夜、わたしはハルメスさんと共にいた。明日からの戦いを考えれば、ルナ達が穏やかに過ごせる時間はずっと先になるかもしれない。それをハルメスさんが配慮したからだ。そして……わたしは、今日ルナの傍にいたらきっと泣いてしまうと思ったから……

「……いいえ、いいんです。ハルメスさんだって、皆と会えるのは明日で最後なんですよー……辛くはないんですか?」

 わたしは正直、前日になって不安の気持ちが増した。決意は変わらないけど、どうしようもなく不安だった。自分が消えてしまうのが恐いんじゃなくて……ルナの傍にはもう居れないという事を想像出来なかったから。

「……俺も辛いさ。あいつらの幸せな未来を見届けてやれないのがな。そして……君に悲しい思いをさせている事も……でもな、俺は自分の人生には一片の悔いも無い。俺は短いながらも愛する人と共に過ごす事が出来た。そして、これから先は俺の弟達……そして人間達が幸せに歩んで行く事が出来る。それで十分だからな」

 わたしも……同じ気持ち。わたしはルナと共に生きてこれて幸せだった。そして、ルナが大好きな……わたしも大好きなシェルフィアと一緒に幸せになってくれる。そう信じてるから。不安は……消えた。

 

「全ては……『愛する者の為に』」

 

 その為なら何も恐くない。命を失う事も……存在が消えてしまう事も。

 だって、わたしは今まで幸せだったし……わたしが愛するルナが幸せになるんだからねー。

 

〜最後の言葉〜

「さぁ出発だ!」

 この日、日の出と共にわたし達は目的を果たす為にフィグリル城を飛び立った。『新生・中界計画』を阻止する為……ルナとシェルフィア、人間達に幸せをもたらす為に。

「行きましょう!」

 わたし達はその声に呼応した。わたしとハルメスさんは目を合わせる。強い覚悟の目だった。

「ルナ、頼むぜ!お前は……最高の弟だ!」

「はいっ!ハルメス兄さん、あなたは私に全てを教えてくれました!あなたは師であり、最高の兄です!」

 ルナとハルメスさんは拳をぶつけあう。これが、兄弟の強い絆なんだ。そして……ハルメスさんは……最後まで強かった。もうこれで……会う事は出来ないのに……笑顔だったからだ。

「皇帝、行ってきます!それから……どうかご自愛を!」

 でも、シェルフィアがそう言った言葉に対してハルメスさんは振り向かなかった。

「ああ、俺の心配はいらないぜ!お前達……何があっても……前へ進むんだぞ!」

 肩が震えていた。泣いているんだ。わたしはその背中を見て堪えられなり、涙を流した。勿論、ルナ達に気付かれないように。

 

 

 そして……長かった戦いが終わった。

 

 

「ふ……親父も……最後に俺の姿が見たかったのかい?」

 神術によりその姿が映像となって現れたのは、ルナとハルメスさんの父である神……彼との戦いに決着がついた後だった。ハルメスさんは輝水晶の遺跡で、全身から血を流し……目も見えなくなっている。『魔』との戦いで致命傷を負い……それでもなお、自分の命を捧げる為に遺跡へと向かったのだろう。わたしの目は……涙で溢れて何も見えなかった。

 

「ルナ、ここは輝水晶の遺跡だ……悪いな……約束は守れないぜ……後の事は宜しく頼んだ。獄界への道は……俺の魂で封鎖させる。シェルフィアといつまでも仲良くやれよ」

 

「兄さん!やめろ!やめてくれ!」

 ルナが叫ぶ……黙っててごめんね……

 

「……ルナ、そんな悲しい顔をするなよ……見えなくても俺にはわかってるんだぜ……俺の魂は……この装置の作動に使うけど、消えるわけじゃない。俺はティファニィと一緒なんだ。心配するなよ……唯、会えなくなるだけだ……これが……俺の生まれた意味だからな……ティファニィを愛し……獄界を閉ざす事が」

 ルナは必死でハルメスさんの映像の下へ飛んでいく……ハルメスさんを失う事……それで悲しむルナを見るのがわたしには堪らなく悲しかった。

 

「またな」

 

「兄さん!兄さぁぁ……ん!」

 

 虚しく声が響き……ハルメスさんの映像は消えた。彼は……自分の進むべき道を全うしたんだ。頭ではそうわかっていても、心が張り裂けそうになる!

 でも、その後……悲しみに暮れながらもルナ、大切な決断をしたわねー……天界を維持する『椅子』に座るかどうかのね……

 

「……今、『神の継承』を受けて……『記憶』が全て目覚めました。私は、天界の統治者……でも、あの椅子はもう必要ありません。天界は……今日を持って人間界と同化します」

 そう……それで良かったのよー……それでルナはシェルフィアと幸せになれるからね。

 

「そうか……運命を変えるのだな。それも良かろう。今日が歴史の変わり目となる。……ESGを摂取出来ない天使は、やがて力を失い人間と同化していく事だろう。人間だけが創り出す世界……だが、例外はある。お前と……シェルフィアだけは力を失う事は無い。お前達が……人間界を支えていくんだ。そろそろ……時間だ……我もハルメスの下へ」

 神は……砂のように消えていった。最後は……ルナとハルメスさんのお父さんとしての顔だった。

 

 後は……わたしだけねー……

 

「……これから大変になるだろうけど、シェルフィア、君がいれば大丈夫だから……唯……全ての人々の幸せの為に……いや、何より私達の幸せの為に生きよう!帰ったら……式を挙げような」

 深い悲しみの中で二人は抱き合っていた。うん……この二人は強いから大丈夫……わたしが消えても……

「リバレス、お前もこれからずっと宜しく頼むよ」

 ルナ、ルナならきっとそう言うと思ってたわー。優しくて……わたしを大切にしてくれたルナ。

「良かったわねー……ルナ、シェルフィア」

 わたしの口から思わずそんな言葉が出た……殆ど無意識だった。

「急にそんな顔をしてどうしたんだ?」

 もう何も隠す必要は無い。でもわたしの心は、風のない湖面のように静かだった。

「……今までありがとう……ルナが主人で良かった。そして、大切な人が出来たからわたしは笑ってサヨナラ出来る」

 素直な言葉が次々と溢れる。本当に感謝してるから……誰よりも大好きだから……

「何を言ってるんだ!?変な冗談はよせよ!」

 ルナは取り乱して、わたしを捕まえようとする。でも、わたしは逃げた……決意が鈍りそうな気がするから……

「……わたしは『天翼獣』……天界で生まれ……天界と共に消えるの……わたしはその事を知ってたわ。ハルメスさんと約束したの……ルナとシェルフィアを幸せにしようって」

 ここで……ハルメスさんとの約束を打ち明けた。ルナとシェルフィアの表情が凍り付く……二人とも……優しい心の持ち主だから……

「リバレスさん!行かないで!」

 シェルフィアの悲痛な声が心に響く……でも、ルナの言葉は!

「私が……あの椅子に座ればお前は救われるんだろ?」

「絶対にダメ!あれに座ったら、ルナはこの場所で一生一人ぼっち……そんな事はわたしが許さない!」

 わたしは即座に『椅子』を炎で破壊する!ルナは本当に天界を維持する『椅子』に座ろうとしたから!

「リバレス、お前は……最高のパートナーなんだ。行くなよ!」

 わたしだってそう思ってる!でも大好きだからこんな選択をしたのよー!ルナー、泣いてるのね……

 わたしは……体から力が抜けていくのを感じた……多分……もうすぐわたしは消える。だから……

「ルナー、ありがとう……楽しかったわ。わたしはルナの事死んでも忘れない。だから、少しだけ肩の上に座ってもいい?」

 愛するルナの……大好きな場所……わたしは最後に……そこに座りたかった。微笑みながらルナを見つめる。

「……あ……あぁ……お前の好きなだけ座ってるといいよ」

 ルナがそう言ってくれたから……わたしはすぐに肩の上に座った。そう……最後の瞬間まで一緒にいたいから……

「……わたしはここが一番好きなのー……でも、今度生まれ変わる時は……人間がいいな」

 本当よー……生まれ変わったら……ルナの事は覚えていないかもしれないけど、わたしも人間が好きになったから……

 

 今まで幸せだった。幸せの基準は……皆違うけど、わたしは世界で一番幸せだったと思うわー。

 だって……生まれてから死ぬまで……大好きなルナの傍で生きてこれたから……

 だからありがとう……

 

 そう思うと……わたしは笑ってサヨナラする筈だったのに……涙が滲み出してきた。決して悲しいわけじゃないのに……

「……リバレス!……さよならは無しだ……必ず……また会えるからな!」

 ルナはそう言ってくれた。そっか……サヨナラじゃない。ここで消えてもまた会える。

『永遠の心』……わたしも信じるから……

「……うん……それじゃー……起こしてくれるのを待ってるから……おやすみなさい」

 意識が……消えていく……体も透明になる。もう……声も出せそうにない。

「おやすみ」

 

 わたしは……いつも起きるのが遅いから……迷惑かけるかもしれないけど、

 次に目覚めた時も……傍にいて欲しいな……

 

 

§番外編§

 

【愛する者の為に】

 

- 完 -

 

 

目次 幻想小説