〜絆と十字架〜

「眠れないのか?」

 一筋の風を辿っていくと、その先には兄さんが立っていた。私は、今日兄さんと話をしなければならない。そう思っていた。

「いえ、何故だか無性にあなたと話がしたくて」

 私は兄さんの隣に立った。ここは、城のテラス。街の明かりは消えて、漆黒の闇が眼下に広がる。

 1200年以上も前に兄さんにもらった時計……私は月明かりを頼りに蓋を開いた。時刻は午前3時前……

「その時計か。まだ動いているんだな。俺が神術をかけたものなのにな」

 兄さんは嬉しそうに目を細めた。そうか、この時計の動力は兄さんの精神力を使ったものだったんだ。

「はい、宝物ですよ。考えてみると、私達が今ここにいるのは偶然ではなく運命のような気がしますね」

 私も兄さんの顔を横目で見た。しかし、兄さんは遠い目で景色を見ていた。

「そうだな。運命とも言えるが、『今』は俺達が切り開いてきた未来だぜ。決して、誰かの力によるものじゃない」

 兄さんはきっぱりと言い放つ。確かにその通りだ。

「……私もそう思います。兄さんが天界を自由にする為に戦い、私がそれを受け継いだ……その願いは叶いました。そして、今は愛する人間の為に二人で戦っています。……いや、ティファニィさんも含めれば5人ですね」

 私は兄さんと考えを共有し、戦える。そして、互いに愛する者の為に生きられる。そんな幸せを噛み締めながら言った。

「そう、それが俺達の絆だ。何よりも強く掛け替えの無い」

 兄さんは私の肩を叩いた。そんな頼りがいのある兄が私は心強かった。

「……はい。私達は世界でたった二人の兄弟で……エファロード。兄さん、ティファニィさんの事を聞かせてもらえますか?」

 私は、この時無性に兄の恋人について知りたくなった。戦いが終わった時と約束していたのだが……

「……わかった。状況が変わった今……話しておくべきだろう」

 兄さんは一瞬悲しそうな顔をしたが、ゆっくりと話し始めた。

 

 出会ったのは、堕天して3日後の事……魔への生け贄として捧げられようとしていたのを助けたのがきっかけだったらしい。その後、兄さんは食糧や寝床を得る代償に、ティファニィさんのいる村を守っていた。初めは人間の事など信じずに見下していた。

 でも、村人達と接していく内に段々心がほぐれていった。そうしていく内に、二人は自然と恋に落ちる。

 数年間、その幸せは続いた。しかし……兄さんの弱点が恋人であると知った魔は、隙をついてティファニィさんを連れ去った。そして……兄さんの目の前で殺された。そこで兄さんのエファロードとしての力が覚醒する。同時に、恋人を救う為に天使の指輪を使ってしまったのだ。その後はまた、しばしの安息が訪れた。しかし……人の命は限りあるもの。ティファニィさんは人間としての生涯を終える事になる。でも兄さんは孤独だった。だから、恋人の魂を自分の魂と同化させる事にした。

 いつでも、兄さんの中にティファニィさんはいるんだ。

 

「永遠……心は永遠だからな」

 話し終わって兄さんは優しい顔で微笑んだ。私とシェルフィアの事を喜んでくれているのだろうか?でも何だか寂しそうだ……

「はい、信じあえた心は永遠です」

 私も微笑んだ。すると、一瞬兄さんの表情が思い詰めたように曇る。

「(……俺達が幸せだったように……大切な弟の幸せは俺が守る)」

 兄さんは思っている事を言葉に出さない。一体何を考えているんだろう?

「兄さん?」

 私はそんな兄さんを見ていられずに声をかける。しかし、兄さんは一点を見つめたままだ……

「……それが……エファロードとしての……十字架だ」

 確かに兄さんはそう言った。十字架?何の事だろう?

「あ……いや何でもないぜ!ルナ、明日からの作戦はハードだが頑張ろうぜ!」

 今度は我に返ったように叫んだ。その後私達は寝室に戻ったが、私の心にはさっきの兄さんの顔が深く残っていた。

 

 この時聞いた兄さんの言葉の意味は後々になって
知る事になる。

 

 

目次 第六節