〜月が照らす下で信じる永遠〜

 時刻は、午後8時になっていた。街を、美しい月と無数の星々が照らす。私は、翼を消して賑やかな街を歩き回った。

 酒場や宿屋で聞き込みを繰り返す……しかし、有力な情報は得られない。転生したら姿は変わるんだ。姿でフィーネを探すのは無理だ。

 どうすればフィーネが見つかるのかを考えた。私が、獄界で獄王にフィーネの魂を見せられた時は直感ですぐにわかった。となると、あの時のような力を使えばいい……しかし、こんな場所であの時の力を解放すれば近くの人間は愚か空間が消えてしまう。私は、空高く舞い上がる。そして、力を解放する。空間が揺れ、眩い光が放射される。この街の人間は驚くかもしれないが、今の私はフィーネに会いたい一心でそんな事を考える余裕は無かった。私は目を閉じて意識を集中する。すると、この街にいる全ての人間の魂が見えた。

 だが、街中を見渡してもフィーネの魂は感じられない。兄さんの言う事が間違っていたのだろうか?私は一旦城に戻る事にした。

 兄さんが伝えておいてくれたのか、私が空から城に近付いても兵の警戒は無かった。時刻は午後11時を回っていた。月は空高く、その光が優しく届いているテラスに私は降り立った。

「あっ……お帰りなさいませ」

 そこで待っていたのは、冷たい夜風に当たっているシェルフィアだった。

「あ、あぁ……ただいま。どうしたんだ、こんな夜中に?危ないぞ」

 私は何だか様子がおかしい彼女に問いかけた。

「あの……ここにいれば、あなたに会えるような気がして」

 頬を赤らめている。俯き加減で、きれいな髪を風に揺らしている。だが、こんな寒い夜にたった一人で、こんなテラスに立っているのは何故だろう?私に会いたいから?

「そうか、何か私に用があって待っていたのか?」

 私は無難な質問を選んだ。兄さんの言付けか何かかもしれない。

「いえ……ただもう一度ルナリートさんに会いたかったんです。
あっ、ルナリート様ですね」

 ただ私に会うために待っていたのか?

「さっきの事なら、全然気にしなくていいぞ。私は、自分の思う通りにやっただけだから」

 また無難な答えを選んだ。すると……

「私は!あれからずっと……胸が高鳴って……会いたくて……お話がしたくて……ずっとその事ばかり考えていたら、自然とここに足を運んでいたんです。貴方が街から帰ってくるのはここだと思ったから!」

 ここまで言われると……流石に返答に困った。だが、そうなると私はこう言うしかなかった。

「君がどう思っているかは知らないが……私の事を考えているのならばやめた方がいい」

 私は、少し冷たく声を発する。彼女は私の事を想っているかもしれない。そんな気がしたからだ。すると……

「えっ」

 シェルフィアはとても悲しい顔をした。今にも泣き出しそうな目……純粋な目が悲しみに満ちていく……私の予感は当たっていたようだ。

「すまない。私は、200年前に約束した人がいるんだ」

 フィーネを裏切るような事は絶対に出来ない。多少冷たくても……優しくして傷付けるよりはマシだ。

「……そうなんですか……でも、200年も前なら……その人はいないんじゃぁ?」

 もっともな質問だ……しかし、私が200年以上生きている事に疑問は抱いていない。兄さんが長生きなのを知っているからだろうか。それよりも……約束した人がいると言われてまで……まだ私を想うのか?

「そうだな。その人は死んでしまった。でも、また生まれ変わったんだ。そして、生まれ変わったら幸せになる事を約束したんだ」

 不思議と私は多弁だった。さっき会ったばかりのこの少女に対して……それは、フィーネに似ていたからだろうか?

「そうですか……残念です。貴方のような人には二度と会えないと思ったのに」

 すると、シェルフィアの目から一筋の涙が流れた。それが月明かりを反射する。それが、とても切なくて私の心を締め付けた……

「本当にすまない。私なんかの為に」

 私は頭を下げた……私に出来る事は謝る事ぐらいだ。

「いいんですよ。私の方こそごめんなさい……貴方は、皇帝の弟様……そして、世界にとって大切な方……私にとって夢の人」

 そう言うシェルフィアの肩は震えていた。寒いのか泣いているのか……それはわからない。

「ふふっ……こんなに寒かったら……ミルドの丘は雪で真っ白かもしれませんね」

 ミルドの丘!?シェルフィアはミルドの事を知っているのだろうか?

「君の故郷は?」

 私は何故だか気になったので訊いてみた。

「私の……故郷はわかりません。物心つく前に戦場で皇帝様に拾われたんです。でも、絵で見た事のある、真っ白なミルドの丘がとても好きで……戦争が終われば必ず行きたい……いえ、行かなければならない気がするんです」

 シェルフィアは、遠い目をして優しく言葉を返した。まさかとは思うが……

「……フィーネ?」

 私は自然とフィーネの名前を囁いていた。すると!

「えっ!?何故貴方がその名前を!」

 シェルフィアは驚いたように一歩退いた。シェルフィアは何かを知っている!

「フィーネを知っているのか!?」

 私は自分でも驚くような声を出した!

「やめてください!その女性は、私の夢に度々現れるんです!その名前を聞いたら……胸が壊れそうに締め付けられるの!自分が自分で無くなってしまいそうで!」

 そう叫ぶとシェルフィアは頭を抱えた!そうか……彼女が生まれ変わりなんだ。だから兄さんやリバレスはあんな風に!

「フィーネ!私だよ。ルナリートだ!」

 私は、シェルフィアを抱き締めた。彼女は……フィーネの記憶を完全には失っていない!必ず戻るはずだ!

 

「あぁぁ!」

 

 シェルフィアは叫びながら気を失った。私がフィーネと叫び過ぎたからか?

「シェルフィア!しっかりしてくれ!」

 私は、治癒の神術をかけるが効果は無かった!どうなってしまうんだ!?

「やっと気付いたか、ルナ」

 そこに兄さんが現れた。リバレスも一緒だ。私は間違った事をしたのだろうか?

「シェルフィアはフィーネです!でもどうすれば!?」

 私は兄さんに詰め寄って叫び、その場に崩れ落ちた……

「……彼女は……シェルフィアの心とフィーネさんの心の二つを持っているんだ。ずっとフィーネさんの心は眠ったままだったが、お前が現れた事で眠りから完全に醒めようとしている。それとシェルフィアの心が葛藤しているんだよ。最悪の場合……二つの心が崩壊するかもしれない!」

 兄さんは、私にそんな驚愕の事実を打ち明けた……何故そんな重要な事を今更になって!

「ルナー!『永遠の心』忘れたの?信じるしかないでしょー!?」

 リバレスが私を励ます為にそう言う。でも!

「必ず戻る保障なんてないじゃないか!」

 私は気が動転して首を振りながら弱気に叫んだ!

「ルナ!お前は、愛した女性を信じられないのか!?お前達が信じあっていたから、フィーネさんの魂は戻ってきたんだろう!?」

 兄さんが私の肩を強く叩く……そうだ……私が逃げ腰になってはいけない!

「……はい!私は、フィーネが戻ってくるまで、ずっと傍にいます!」

 私は強く言い放ち、シェルフィアの体を抱きかかえた。そして、寝室に寝かせた。

「フィーネ、私はずっとここにいるからな!」

 私は、心が戻ってくるまで片時も離れずにいると決めた。ずっと手を握り締めながら……

 

 フィーネは……200年前に私から離れて行った時に言った
最後の言葉……それは……

 

『おやすみなさい』

 

 決して別れの言葉なんかじゃなかった。永遠の心を
約束してるんだ。

 だから、誰よりも大好きなフィーネが目覚めたら
伝えよう……

 

『おはよう……お帰り』

 

 そして、幸せになろう!誰よりも!
私達はずっと愛し合っているから!

 

 

目次 第三節