〜滅びの村〜 私達が、レニーを離れて二時間ばかりが過ぎていた。日は傾き始めている。 「あと、一時間ぐらいでルトネックに着くけどあそこは魔物が多いんでな」 と、小型船の船長は深刻そうに呟いた。船長と言っても、船員は船長しかいない。 「そんなに多いのか?」 私は、その顔色から推察してかなりのものだと思った。 「おう、二週間程前からルトネックとは音信不通なんだ。あそこは漁業が盛んで、レニーとは交易が盛んだったんだが」 と、男はさらに不安そうに俯いた。 「大丈夫ですよ!私達が何とかしますから!」 と、フィーネは男を慰めるように強気にそう言った。 「(気安くそんな事言わないでくれるー!?)」 と、リバレスは私とフィーネにテレパシー(意識の転送)を送った。 「ごめんなさい!」 と、フィーネは私達に頭を下げた。船長は不思議そうな顔をして、 「俺達の街を救った君達には期待してるぞ!」 と、船長は私の背中を叩いた。 空が夕焼けに染まり始めた頃ルトネックの船着場が見えた。 「様子がおかしいな」 船長が、無人の船着場を見て呟いた。 「村から火が上がってます!」 と、フィーネが叫んだ。確かに、村の中心から煙が立ち昇っている! 「さぁ、着いたぜ!お……俺は帰るからな!」 と、私達を港に下ろした瞬間船長は大急ぎで出航した。 「待てよ!」 私がそう叫んだ時には船は陸から大分遠ざかっていた。 「ピカッ!」 一瞬閃光が私の目の前をよぎった! 「ドー……ン!」 村の中から放たれた閃光は、船長の船に直撃して炎に包まれた! 「魔物だ!」 私は、沈み行く船を見てそう叫んだ。 「おじさーん!……村は!?」 と叫び、またもフィーネが村の中心へと駆け出して行った! 「馬鹿!待つんだ!」 私は、フィーネを見失わないように全力で追いかけていった。そして、私達は村の中心へと辿り着いた。 「隠れろ!」 私の声で、フィーネと私は物陰に潜んだ。何故なら、村の中心に強大な魔の存在を感じたからだ。リバレスもこの瞬間元の姿に戻る! 「クックックッ……後はお前達二人だけだなぁ!どうやって殺すか?皮剥ぎ、串刺し、八つ裂き!」 村は既に破壊の限りを尽くされていた。その村の中心の瓦礫の上に、魔は立っていた。全身が暗黒に染まっているが、私達天使のような姿だ。漆黒の体に漆黒の翼……今まで見た魔とは違い、天使や人の姿に近かった。 「どうか……どうか!私はどうなっても構いませんから、この子だけは!」 見ると、大人の女が大事そうに子供を守るように抱えている。そして、魔に向かってひれ伏していた。 「さて……どうしようかなぁ?」 魔が腕組みをして、人間を見下していた。その時! 「待ちなさい!」 と、横にいたはずのフィーネが魔に向かって疾走していた! 「あの……馬鹿!どうして、先を考えずに行動するんだ!?」 私が、そう叫んだ時にはフィーネは魔に接近していた! 「邪魔するな、娘!お前も後で殺してやるからよぉ!」 と、魔は掌をフィーネにかざした!その瞬間、フィーネは遠くに弾け飛んだ! 「フィーネ!……ルナ!?行かないの!?」 リバレスは飛んで行こうとする! 「待て、リバレス!さっきのは『衝撃』の魔術……あの魔は強大だ。私にはわかる。もう少し待つんだ!」 私は理解していた。あの魔の力は私よりも強大だという事を……堕天する前の私の力を以ってしても勝てるかわからない!私は正直動けなかった。死ぬのが怖い……そう思っていたのかもしれない。 私は今、リバレスに待つように言ったが待ってどうなる!? 「邪魔が入ったが……お前の言う通りにしてやろう」 と、魔は人間の女に向かってニヤリと不気味な笑みを浮かべた。 「それでは……子供は助けてくれるんですね!」 「ああ……子供から殺してやるよ!」 その瞬間、魔の掌から発せられた『冷凍』の魔術によって子供が凍りつき……そして砕け散った。 「うわぁぁあぁぁ!貴様よくも!殺してやる!」 女は剣を取り、魔に突進していった! 「いいねぇ!その怒りに狂った顔が!そんな奴を殺すのがオレの楽しみなんだよ!」 魔は再び掌を女に向けた! 「ギャァァ!」 女は燃え尽きた。灰すら残っていない。 「殺すってのは、強い者だけが行える愉しみなんだぜ!」 と、惨殺現場に魔は唾を吐いた。 「うぅ……何て事を……どうして魔物はそんなにも残酷に人を殺せるの!?私達が何をしたのよ!」 その時、弾き飛ばされたフィーネが泣きながらそう叫んだ。 「さて……待たせたなぁ!次はお前の番だ、娘!」 魔の掌に力が集約される! 「中級神術『天導雷』!」 その瞬間、私は咄嗟に魔に神術の雷を放っていた。 「バリバリバリッ!」 天を裂く雷撃が魔に直撃する! 「グッ!誰だ!」 その言葉の終わるや否や、私とリバレスは魔の眼前に踊り出ていた!しかし、足が竦む! 「クズが!それ以上の愚行は私が見過ごすわけにはいかない!」 フィーネに危機が迫っている以上、私一人逃げる訳にはいかない!私は懸命に声を張り上げた。 「フッ……やはり来たか。待っていたぞ、堕天使ルナリートよ!」 魔は私の登場を予め予見していたかのように、不気味な笑みを浮かべた。 「何故、私を知っている!?」 私は、得体の知れない相手に叫んだ。 「貴様の存在は、獄界では有名なんだ。それより……何故、天使のお前が人間の味方をする!?元々、この愚鈍な人間共が暮らすこの世界は、貴様ら天界の神が我々に断り無く中界に作ったものだろうが!?」 魔は歴史の事実を私に叫んだ。 「……確かにそうだ……しかし、人間達は……天界に誕生する価値の無い魂から生まれるという点以外では、ほとんど我々の干渉を受けずに単独で暮らしている!人間は天使とも魔とも違う、意思を持った生命だ!」 私は、魔を睨み付けその言葉に反発した。 「クククッ……本当にそう思っているのか!?どうやら、一般の天使には本当の『人間界』の存在意義を教えられていないらしい。歪んだ歴史のみが貴様らには伝えられているらしいな!この世界は決して『神の戯れ』などで創られたのではない!完全な計算の元で創り出された、天界の副産物ということだ!」 魔は理解出来ない内容を語った。 「……どういう事だ?」 私は、事実を知りたかった。人間界は、数百万年前に『神の戯れ』で創りだされたのではないのか? 「貴様が知る必要の無いことだ。オレがここにいるのは、堕天使ルナリートを消すため……オレは獄界で指揮官クラスの力を持つ。オレは獄界から派遣されたのさ!そしてこの村で虐殺を繰り返せば、必ず貴様が現れると思って待っていた!死ぬがいい!」 その言葉の直後、魔に先程よりも遥かに強大なエネルギーが満ち溢れてきた! 「(まずい!リバレス!この力では私に勝ち目はない!)」 「(逃げましょー!フィーネも、逃げるわよー!)」 私達は、奴の隙をついて逃げることにした。足が震える!恐ろしい! 「冥土の土産にいい事を教えてやろう。魔は、生命全ての生命力を数値化して見ることが出来る。例えば、そこの人間の娘……お前は僅か『10』だ。そして、天翼獣……貴様は『3000』。ルナリート、貴様でさえ『5000』しか無い。ところが、獄界指揮官クラスの生命力は『30000』以上。オレに至っては、『65000』だぁぁ!」 生命力の数値化!?魔はそんな事が出来るのか?その数字が事実かどうかに関係なく今は逃げなければ!力の差は感覚でわかる!そう思った矢先、魔の指から三本の漆黒の矢が放たれた!矢は私達全員を狙っている! 「クッ!」 リバレスは上手く避けたが……私にはフィーネをかばって二本の矢が突き刺さった! 魔術で作り出されたその矢の威力は絶大で、私の肩と太腿を貫通していた!痛みに意識が朦朧とする。 「ルナ!」 「ルナさんっ!」 私を心配する二人の叫びがこだました! 「大丈夫だ……それより(私が隙を作るから逃げるんだ!)」 私は、二人に逃げるようにテレパシーを送る! 「高等神術『滅炎』!」 痛みを堪え精神力を振り絞って、魔に向けて私が使える最大の神術を放った!半径5mが超熱空間に包まれる! 「(今だ!逃げるぞ!)」 私はリバレスとフィーネに強いテレパシーを送った! 私達は同時に、村の外れの方に逃げていった!酷く足が重いのにも関わらず、全力で走った!しかし! 「恐れをなして戦闘回避かぁ!ハハハッ!天使のくせに無様だな!このオレから逃げられるわけがないだろう!?」 逃げた先に、すでに魔が立っていた!私の『滅炎』が直撃したにも関わらず、魔には火傷一つついていない。 「ま……待って下さい!どうか、この方は助けて下さい!悪いのは私なんです!人間を助けて欲しいって頼んだから! 殺すんなら私だけにして下さい!お願いします!」 フィーネは、その場に跪き魔に懇願した。屈辱だろう。私が不甲斐ないばかりに! ……私……いや、『俺』にもっと力があれば! 「却下だ。だが、そんなに死にたいならお前から燃やし尽くしてやろう!これが本物の炎だ!」 魔にかつてないほどの力が集まる。これを受ければフィーネは即……死! フィーネは……俺を助けて……人間を愛して……世界を愛して……喜んで……悲しんで……幸せを求めて……それが、焼き尽くされる。嫌だ!俺はフィーネを失いたくない! 「死ね!」 魔から炎が放たれたが、その動きはとても緩慢だった。この感覚は……神官と戦った時と同じ…… 俺は、炎の前に立ちふさがり、俺達3人全てを『保護』の神術で守った。この力は……さっきまでの数十倍! 炎が炸裂する。しかし、俺の保護の膜には傷一つつかなかった!それに、傷の痛みも消えていた!完治している! 「待てよ、貴様の相手は俺だろう?」 俺は、その瞬間オリハルコンの剣を抜き魔を弾き飛ばしていた! 「グァッ!速い!それに、さっきの神術の強度は何だ!……貴様は!」 さっきの『滅炎』では傷一つ無かった魔に剣が致命傷を与えていた。 「わからないのか!?貴様のような愚者は俺に触れる事すら出来ないんだよ」 俺は自分の変化に気付いていた。天界で神官と戦った時程ではないが、力が満ち溢れていることに! 「まさか……まさか……貴様がエファロード!?」 俺の様子を見た魔が急に焦り始めた。 「エファロード?何の事だ!?」 エファロード?堕天の直前に『神』が俺に言った言葉…… 「第一段階……『銀の髪』!まさか……そんなはずは無い!これでも食らえぇぇぇ!地獄の業火だぁぁ!」 魔は我に返り、おそらく最高の魔術であろう『地獄の業火』を放った。 「無駄だ」 俺は高等神術である『絶対零度』を使った。その瞬間! 魔もろとも、見渡す限り一面が凍りついた!魔のいる方向の海まで凍りついている! 俺は、氷の彫像と化した魔にゆっくりと近付いた。 「殺せ」 魔は先程の様子とは異なり、観念した様子だった。 「貴様に一つ質問する。エファロードとは何だ?」 俺は、剣を彫像に構えて質問した。 「今の貴様の生命力は『200000』……その力が、第一段階である証拠だ……今の貴様の目が真紅に染まれば、貴様の力はさらに十倍になる。貴様の情報は今、獄王様に意識として送った。さぁ、殺すがいい!」 真紅の目?神官と対峙した時には確かにそうだったが……段階とは何だ!? 「貴様の知る事を全て教えるんだ!」 俺は理解出来ない言葉に戸惑った。 「クククッ……貴様がエファロードなら、この世界は獄王様の物だ!クハハハハハハッ!」 その瞬間! 「ドォォーン!」 という閃光と爆音と共に、魔は砕け散った!自爆したのだろう。 そして……無限とも思える静寂の後で私は我に返った。 「ルナ、大丈夫なのー?」 リバレスが、不安で曇った顔色で私の表情を伺う。 「あ……あぁ。今の私の力は一体?天界での……あの時とよく似ていたが」 私は、前髪に手を伸ばし確認してみた。いつもの赤い髪に戻っている。 「ルナの髪が銀色に光ってたのよー!前みたいに目は赤くなかったけどー」 エファロード……第一段階……あの魔が言った言葉……理解が出来ない。 「それより……フィーネ!大丈夫か!?」 私は呆然と立ち竦むフィーネに問いかけた。 返事は無かった。私達の事を知って驚いているのか? 「……もう知られてしまったからには仕方ないな。……私は」 と言いかけた時だった。 「……あなたが……あなたが誰かなんてどうでもいいんです!どうして……どうして争いは無くならないの!?なぜ殺しあわなくちゃいけないの!?わからない!私はどうすればいいんですか!?……どうすれば、みんな幸せになれるんですか!?教えて下さいよぉ!」 そう泣き叫びながら、フィーネは私の胸にすがりついた。彼女は争いを無くして皆を幸せにしたい。その一心なのだ。 「……君はよくやってるよ。今は……争いが無くならないのは仕方ないんだ。でも、それを少しでも無くすために私達はここにいるんだろ?」 フィーネは頑張ってる。心からそう思う。たった一人の人間が……私は、優しく彼女の頭を撫でた。 「……うぅぅ……はい」 フィーネはしばらく泣き続けた……今まで辛かった事が我慢出来ずに……堰を切ったように出てきたんだろう。 | |
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