【第七節 悲痛な思い】 朝が訪れた。人間界で迎える4回目の朝だ。堕天してから、今日で5日目になる。思い返してみると、人間界で過ぎる時間はとても変化に満ちていて、たった5日の間に起きた出来事とは思えない。でも、こんな生活にも段々慣れてくるのを私は感じていた。 それにしても……なぜ、フィーネもリバレスも目覚めない?窓から射す朝の光に目を覚ましたのは私一人だけだった。 「仕方ない。二人が目覚めるまで本でも読むか」 私はそう呟いて、旅の荷物から本を取り出した。前回に読みかけた、「自由と存在」という本だ。この本を読むとやはり思い出す。兄のように慕っていた。あの人の事を……今はどうしているんだろうか?生きているのか、死んでしまったのか……何処にいるのかさえわからない。 その天使の名は『ハルメス』。私が最も尊敬する天使だ。出来る事ならばもう一度会いたかった。 そんな事を考えて、本を読み終わる頃には既に日が昇りつめていた。 「おはようございます」 「おはよう。随分長い間眠ってたんだな」 意外にも私の次に目覚めたのはフィーネだった。眠そうに目をこすり、髪は乱れている。 「あっ!見ないで下さいよ!顔を洗ってきます!」 私の視線に気がついたのか、彼女は慌てて部屋を出て行った。 「ところで……お前は何故まだ寝てるんだ?」 私は、昼を過ぎても眠り続けるリバレスの頭を指で小突いた。 「う……うーん?もう朝なのー?」 起きたと同時に、眠そうにリバレスは伸びをした。 「もう昼だ。たまには、私より早起きしてみたらどうだ?」 私は、呆れて首を傾げながらそう言った。 「わたしが、この224年間でルナより早く起きた事が何回あるのよー?」 リバレスが、膨れっ面をしながら私に訴えた。 「そうだな。まだ9回しかない。確率にして、大体25年に一回の奇跡だよ」 私は、リバレスの早起きは全て記憶している。 「そこまで詳細に言わなくても……でも、わたしが遅く起きるのは仕方ないのよー!」 「確かに……今まで色んな事を試したけど無理だったからな」 そんな会話をしていると、顔を洗って髪を整えたフィーネが帰ってきた。 「ごめんなさい。この街は水が豊富なんで、水浴びもしてたんですよ」 そう言った彼女は少し身震いをしていた。人間には、この気温は寒いのだろう。 「寒いんだろ?暖炉の近くで暖まった方がいいぞ」 私はそう言って暖炉に薪をくべた。火が勢いよく燃える。 「ありがとうございます!ルナさんや、リバレスさんも水浴びどうですか?」 水浴びか……基本的に私やリバレスみたいな天界の住人は、普段から薄い『保護』のエネルギーで体が覆われているので水浴びなどで体の汚れを落とす必要はないんだが。何事も経験か。 「わかった。行くよ」 「わたしもー!」 こうして、私とリバレスは浴室へと向かっていった。しかし、着いて見ると男性用と女性用で別れていた。 「どうやら、人間界での水浴びというのは男女別のようだな」 天界で水浴びをする時は、服を着たまま水浴びする。その後、体の周りを熱空間で包み込み一気に乾かすのだ。水浴びは、天界で一年に一回行われる行事だ。私はあまり好きではないが、リバレスは大好きなようだ。 「じゃー、わたしは女用に行くわねー!」 そう言った瞬間、リバレスは人間の女性ぐらいの大きさに変化した。姿は普通の女天使と同じで、髪は金色だった。 「リバレス!そこまでしなくても!」 私は、他の人間にバレたら、という心配があったので静止しようとしたが無理だった。リバレスの姿はもう見えない。 「仕方ない。私も水浴びするか」 私は服を着たまま浴室に入り、シャワーという物から出てくる水を浴びてすぐに戻った。体全体を『焦熱』の神術で包み込み瞬時に乾燥させた。その後、10分程待ったがリバレスは戻らないので私はフィーネの待つ部屋へと戻ることにした。 「お帰りなさい!サッパリしましたか?」 とフィーネは笑顔で私に問いかけた。 「あ、ああ」 私は、少し引きつった笑顔でそれに答えた。 「朝食の準備、出来てますよ!」 見ると、色とりどりの食卓が出来上がっていた。やはり、料理がうまい。 「ところで、フィーネ。昨日の事は覚えてるか?」 私は、昨日の宴会とその後の事を訊いてみた。 「昨日?いえ、宴会の後の事は全く覚えてないです。ごめんなさい」 フィーネは申し訳無さそうに謝った。別に悪い事はしていないのに。 「謝らなくてもいいよ。ただ、君が私の事を初めは冷たくて無口だと思っていた事がわかっただけだから」 私は少し、素直なフィーネをからかってみたくなった。 「え?え!?私、そんな事言ったんですか!?ごめんなさい!でも、今はそんな風に思ってないですよ!今は、優しくて頼り甲斐がある人だと……って、ごめんなさい!今のも無しでお願いします!」 「ははははっ!」 私は、余りにも素直で嘘がつけないフィーネの慌てる様子を見て思わず笑ってしまった。 「ルナさん、笑ってる所を初めて見ましたよ!」 私が笑うのはそんなに珍しいのか?そういえば、リバレスにも笑うのは珍しいって言われた事があるな…… 「私だって、笑う時ぐらいあるんだ!……ところで、次はどこに向かうつもりなんだ?」 私は少し焦って、話題を無理やり変えた。 「は、はい。次は南にある『ルトネックの村』に行こうかと思っています。あの村も最近悪い噂が多いですから」 そう言うと、フィーネのさっきまでの笑顔は消えて急に悲しそうな顔に戻った。 「フィーネ、やっぱりその話は後にして朝食にしよう!」 私は場の空気が凍てつくのを感じたので、この話題はやめにして空気を明るくしようとした。 「たっだいまー!」 そこに、さっきから天使の姿に変化したままのリバレスが戻ってきた! 「あの馬鹿!」 私が、飛び出そうとした瞬間…… 「あ!ごめんなさいー!」 リバレスは自分の失敗に気付いて、指輪に変化した。 「今のは?リバレスさんでしょう?リバレスさんが、変身したんじゃないんですか?」 時既に遅しで、流石にフィーネも気付いたようだった。 「そうだ。リバレスは、色んなものに変化できるんだ。でも、その理由は教えられない」 私は訊かれる前に説明した。しかし、フィーネの表情は笑顔のままだった。 「うらやましいな……私も変身出来たらいいのに」 とフィーネは、呟いた。全く驚かないのには私が驚いた。むしろ、私が笑う事に驚かれる方がショックだったのだが…… そんな風に、今日の朝食?いや昼食も楽しい時間が過ぎていった。 | |
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