〜ミルド共同墓地〜 フィーネに連れてこられた場所は、墓地だった。村を見下ろすように丘の中腹に設けられている。その墓碑の多くには花束や、花飾り、食物などが供えられている。その色合いや鮮度からほとんどが最近葬られた人間の為であることが容易に想像できた。墓碑自体は質素なものばかりだったが、深い悲しみの空気がここには満ち溢れている。 「いっぱい死んだのねー」 とリバレスは声を漏らした。周りに誰も人がいないため、今は指輪の形には変化していない。 「はい、この数ヶ月で100人以上の人が殺されました」 と、俯きながら重い口調でフィーネは答えた。 「……父親の墓か」 と私は、出来るだけ悲しませないように優しい口調で訊いた。 「……いいえ、お父さんとお母さんのお墓ですよ」 「すまない」 私は、聞いてはいけない事を聞いた気がして即座に謝った。 「……いいんです。少し話を聞いてもらえますか?」 その表情から悲しさと優しさの両方が感じ取れた。 「ああ」 と私は短く返答した。 「手短にねー」 と、リバレスが余計な一言を加えたので、私はリバレスの頭を軽く小突いた。彼女はムッとした表情で私を見たが、それを無視して…… 「フィーネ、話を続けてくれ」 と私はフィーネに呼びかけた。 「……お母さん、いえ、母は数年前に流行の病で死にました。……とても優しい人で、他人の事を常に思いやり自らを犠牲にしてでも、自分の愛するものは守る人でした。でも、突然、原因不明の病に冒され……序々に痩せ細り……苦しみ抜いて最期を迎えたんです。あの病気は見ているこちらも、悲しみや無力さに胸が抉られる思いでした。そんな、新種の病気は魔物が作り出しているという噂もあります。だとしたら、私は絶対に母を殺した魔物を許さない!……すみません、話を戻します。……父は……偉大な人でした。病気の母を常に励まし……最後の最後まで傍にいてくれて、危険な鉱山で私を養う為に働き……私の前では決して涙を見せない強い人だったんです!……でも、今はお父さんもお母さんも……声を聞く事も出来ない!」 と、フィーネは一筋の涙を流した。 「……人間は脆いな……なぜ、自分の無力さに涙してまで生きようとする?それ程の悲しみがあるなら、死を受け入れる方が容易だろう?」 それが、今の私の正直な気持ちだった。そんなに、苦しい思いに耐えるぐらいならば死ぬ方が簡単なのに……死んで生まれ変わればいいだろう。いや、天使と違って人間は生まれ変わる事は出来ないのか?天使ならば、そんな苦しみには耐えられずに生まれ変わる道を選ぶだろうに。私は、人間の考えがわからずにそう訊いたのだった。 「……例え脆くても……この素晴らしい世界に生を受けて、たくさんの人に恵まれて一生懸命生きることはきっと幸せなんです。だから……父も母も幸せだったと思います。二人は、私を育ててくれたし、家族には愛があって幸せだったから……でも、この世界にはそんな幸せを享受できない人々もいます。魔物によって……一片の幸せさえも奪いつくされる。私は魔物が絶対悪だとは言いません。だけど、人間の私から見るとやっぱり許せないんです!……出来るならば、全ての種族の共存を願います。けれど……最近の魔物は明らかに私達を皆殺しにしようと襲ってきます。年月を経る毎に魔物の勢いは増しています。でも、私は、大好きな父と母から生まれたから!……素晴らしい世界に生まれたから!そして……幸せでありたいから!私は生きるんです!」 そう、フィーネは涙を拭いて力強く言った。この少女はすごい……私は本気でそう思った。いつ死ぬかもわからない、この世界をどうして素晴らしいと思える?何故たった一人の人間がこんな考えを持つことが出来る?どうして、こんなにも前向きに生きる事が出来る?そして、何故そんなにも自分や人を愛せるんだ!?私達天使はただ、言われるがままに生きてきただけなのに! リバレスも黙っていた。流石に、フィーネの考えに少しぐらいは驚いたんだろう。 「……お待たせしました。さぁ、行きましょう!」 私達が驚いていたのも束の間、墓碑に花束を捧げたフィーネが私達に出発を促した。 その顔はいつもの優しい顔だった。だが、私にはその顔が力強くも見えるようになった。 「あ……あぁ」 私はフィーネの元気に気圧されて、間抜けな言葉を発してしまった。 その後、リバレスが私の指輪に変化し、私達は船着場へと向かっていった。それは、次の目的地である『レニーの街』へと向かう為だ。途中、ミルドの村人達にフィーネは何度も捕まっていたが、いつもの笑顔で村人を安心させて私と共に船着場へと道を急いだ。私はというと、流石に黒の戦闘服を着て、大きな荷物を担いでいる上に、赤髪なので一際注目を集めていたが村人はそれどころではないのか、声をかけられる事は少なかった。そして、私達は船に乗ったのだった。丁度、しばらくして正午が近くなったので食事を摂る事にした。 「ここから、どれぐらいなんだ?」 私は、パンを片手にフィーネに訊いた。 「大体東に300kmぐらいなので、明日の朝には着きますよ」 と、フィーネは事も無げに紅茶を片手に答えた。 「(長いわねー!)」 と、リバレスは私の言葉を代弁した。 「この世界の交通は不便だな。それはそうと、その街には何があるんだ?」 と私も紅茶をすすりながら訊いた。コーヒーは飲めないが紅茶は飲める。 「通称、雨の街レニー。作物を多く作り、貿易をしている街です。ミルドから、一番近いっていうのもありますが、何より最近悪い噂を聞いたんです。それは、悪い疫病が流行っているという噂……その背後には魔物が関わっているという噂も……だから、その原因が魔物ならルナさんに何とかしてもらいたいと思ったんです。私も頑張りますから!」 と、フィーネは頭を下げて私の手を握った。これが、彼女のお願いの仕方なんだろう。 「私は、それが魔……いや魔物の仕業なら何とか出来るかもしれないが、純粋な疫病ならば何も出来ないぞ」 と私は、余り大きな期待を持たせないように言葉を返した。 「はいっ!お願いします!」 それでも、フィーネは嬉しそうだった。 その後もフィーネは私達の事をもっと知りたそうだったが、約束をしていたので何も訊いてはこなかった。 船での時間はこうしてゆっくりと流れていくのだった。 | |
目次 | 第五節 |