【第二節 脆過ぎる存在】

 

 私と指輪に変化したリバレスは、強い雨風の中を南へと歩いていった。住宅街を抜け、山道を登り2kmぐらいは歩いただろうか?ようやく『ミルド鉱山』と書かれた看板を入り口に掲げた場所に辿りついた。幸いな事に、この嵐のため人は外出しようとしないのか、誰とも会う事は無かった。私の衣服は人間のそれとは異なる。物珍しさで人間達に囲まれて厄介事になるのはごめんだ。この村を歩いていると、天界との文明の差が歴然だ。天界では道や建造物は幾何学的に、完璧に作られている。また、建材も大理石や水晶やその他金属等がふんだんに使われているのだ。それに対し、この村の作りは雑で、整備されていない。道が舗装されていないのには特に驚いた。だが、天界の画一的な構造とは全く異なり、生活感だけは溢れていた。家々のひび割れや修繕した跡、子供の落書きや家にしまい忘れたであろう洗濯物など……見慣れぬ景色は私の瞳には新鮮に映ったと同時に、この世界で生きていけるだろうかという不安も生じたのだった。

「(はぁぁー全く……低レベルな村ねー!)」

 リバレスの声が頭に響いた。

「(そうだな。こんな世界で200年生きるのはやはり気が滅入るな。)」

 私もその意見に同調した。

「(さっさと、あの娘の父親を連れて帰ってこんな村とはおさらばしましょー!)」

 彼女は、よほどこの村が気に入らないらしい。その気持ちはよくわかるが。

「(そうだな、手早く済ませよう。『魔』と戦う事はあまり気が進まないが)」

 私はあの少女……フィーネには約束したが、ここに来て少し躊躇の念が生まれた。

「(イヤになったんなら、人間との約束なんて破っちゃえばー!)」

 リバレスは、少し嬉しそうに私に約束破棄を勧めている。やはり、私が人間と交わした約束など価値のないものだと思っているのだろう。

「……いや、約束は守る」

 天使である私が、獄界の魔と戦う。それは、獄界が天界を憎む心を増長しかねない。しかし、私達天使が『戦闘実技』を始め、その他の戦術を学校で施されていたのは、全ては獄界との全面戦争になる場合を予期しての事だ。獄界の者は、天界の全てを激しく憎んでいる。そして、低い知能だが強大な力も持っているとも教えられた。それでも、天使には遠く及ばないらしいが。天界では、もし『魔』と遭遇する事になれば、躊躇わずに戦えと教えられてきた。しかし、私は争い事を好まない。なぜそこまでのリスクを負って、人間如きに礼をするのかというと、受けた恩は必ず返すのが私の主義だからだ。相手が人間とはいえ約束した以上はやり遂げなければ。

「(ルナらしいわー)」

 私の言葉を聞いたリバレスの声は少し消沈気味だった。私は最悪の場合、戦いも辞さないという覚悟を決め、剣を構えて薄暗い鉱山の入り口へと歩いていった。人間などの為に動くのはこれが最初で最後だと誓いながら……

 

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