〜第四楽章『魂の離別』〜

「……ル……ナ……さん」

 俺が大声で呼びかけると、弱々しい声でフィーネは答えた。良かった。まだ生きている!

「フィーネ!すぐ治してやるからな!」

 俺は、何者も超越する力で『蘇生』の神術を使った。これで、致命傷からも蘇る!

「……ルナ、さん、ダメですよ」

 どんな傷でも、治す事が出来る『蘇生』を使っても……フィーネの傷は塞がらなかった!俺は慌てて、フィーネの手を握り締めたが……冷たい……氷のように!

「フィーネ!フィーネ!お願いだ!……戻ってきてくれ!」

 俺は、自分の精神力を限界まで酷使してフィーネの治癒に全力を尽くす!しかし……

「……もう……今の私には……多分……何も効果がないですよ。目の前が真っ暗で……感覚も消えそうで……唯……ルナさん、あなたの言葉だけが聞こえます」

 フィーネは中空を見ていた。焦点が合っていない。
手も冷たい……体も!

 俺が誰よりも愛する女性は……救えない!……俺の目から、涙が止め処なく溢れ出てきた。

「……ウソだ……ウソだぁぁ!俺には……
俺にはフィーネさえいればいい!俺はわかったんだ!
天界も……人間界も……天使も何も必要無い!
……唯、君だけが俺には必要なんだ!ずっと……
ずっと……一緒に生きて行こうって約束したじゃないか!
……お願いだ……いつものように微笑んでくれよ!」

 俺は、動かないフィーネの体を抱き起こして……強く……強く抱き締めた!戻ってくれる事を願って!

「……ふふ……ルナさん、笑ってくださいよ……私は、あなたが笑ってくれる時の……優しい目が大好きなんです。あの日……初めてルナさんと出会った時から……私は助けられっぱなしでしたね……ルナさんは……とても……とても……優しかった。私は、ルナさんからいっぱいの事をもらったんですよ。ルナさんといた時間……幸せだった。だから……私の人生は決して不幸だったとは思いません。短くても……大好きなルナさんと愛し合えたから」

 フィーネは、今にも消えそうな声で……だが、強い意志で懸命に口を動かす!そして……瞳を閉じて微笑んだ。体が更に冷たくなっていく……まるで……決して溶けない氷の人形を抱いているかのように……

「……そんな事はいいんだ!救われたのも……たくさんの事をもらったのも俺の方なんだ!……フィーネが……フィーネが俺の心を暖めてくれたんだよ!一生懸命生きる事も……人を愛する喜びも……全部君が教えてくれたんだ!フィーネがいたから……俺の人生は価値のある物に変わった。なのに……なのに!」

 俺は、目の前が涙で曇って何も見えなかった。何よりも
大切で……守りたかった物が……無情に崩れていく……

「……ルナさん、きっと……私の為に涙を流してくれてるんですね。私も……あなたと過ごした事……考えたら……やっぱり泣けてきますよ……もっと一緒に生きて……今まで以上の幸せがあったんじゃないかって……戦いも終わって……一緒に暮らして……ルナさんの子供を生んで……でも、それは叶わない事……贅沢過ぎる夢」

 

「……私は、もう……死にます。
それがわかるから」

 

「フィーネ!……イヤだぁぁ!
フィーネー!」

 儚く微笑みながら……フィーネは一筋の涙を流す……俺は、そんなフィーネを抱き締める事しか出来ない!

「……いつも……私が悲しんだらルナさんがいつも……慰めてくれましたね。今度は私の番ですよ。雪の降る昨日の夜……私達の最初の夜……約束したじゃないですか……『永遠』を……例え、何があっても……『死』が訪れても……私とルナさんは離れないって……私が死んでも、悲しまなくていいんです。私は、ルナさんが……私の『魂』を見つけてくれるって信じてますから……どれだけ遠くても……絶対に」

 フィーネは俺を信じてくれている。そうだ……俺がこんなに気弱でどうする!

「……フィーネ、君の言う通りだ!……例え君の体が消えたとしても……俺は、命をかけて……100年でも、1000年でも、一生をかけてでも君の……いや、フィーネの『魂』を見つけ出すから!」

 俺は流れ出る涙を拭い、そう叫んだ!フィーネの魂は獄界に堕ちる。魂は普通に探しても絶対に見つからない。それでも、俺は億に一つの希望を持ってフィーネに叫んだ!

「……やっぱり……私は、ルナさんが大好きですよ。でも、しばらくのお別れですね。あなたが迎えに来てくれる日まで……それまで……私は、あなたを愛し続けて待ってます。私の……ルナさんへの想いは永遠に……あなたに出会えて本当に良かった」

 

 そうなんだ。フィーネは死ぬんだ。

 温もりを感じる事も……声を聞く事も出来なくなる。

 魂を見つけ出せても……記憶は消える。ほぼ確実に……

 愛し合った事も……過ごした日々も……

楽しい事も悲しい事も……

 でも、約束したのは俺だ……魂は絶対に

見つけ出すんだ。

 それでも!フィーネの声は二度と聞けない。

二度と抱き締められない!

 俺が愛する『フィーネ』という人間は消えてしまうんだ!

転生しても違う人間になる!

 

「……フィーネ!君は……俺に……本当の『心』をくれたんだ!『心』は温かくて……包み込んでくれる。『心』は溢れ出して……優しさとか……強さとか……大好きな気持ちに変わるんだ!フィーネが俺を愛してくれているように……俺も君を誰より愛してるよ……『心』から……そして君は……『永遠』を信じてくれているから……俺は、『永遠の心』を信じる!……俺の『心』も……フィーネの『心』も……『永遠』なんだ。信じる心も……愛する心も!……何度死んだって……何度生まれ変わったって失いはしない。『永遠の心』を持って、何処にいても必ず迎えに行くよ……だから……安心しておやすみ」

 

 俺は、必死の思いで笑顔を作って……フィーネの冷たい唇にキスをした。もうほとんど……息が無い!

 苦しかった。不安だった。魂を見つけるのも困難……さらに……転生して『心』を失わないのは奇跡を超えた奇跡だ……

 心が張り裂けそうに痛い……フィーネを不安にさせない為に……
俺は気が狂いそうな悲しみを堪えてそう言ったんだ。

 でも、この約束さえあれば……乗り越えられる。死による別れの痛みも!

 

「……『永遠の心』……信じます。あなたと過ごした日々も……愛する心も全部『永遠』に……忘れません。でも、寂しいから……早く迎えに来てくださいね……もし……私が『心』を失いそうになっていたら……『約束の場所』へ連れて行って……下さい……行きたかったあの場所へ……そろ……そろ……時間……みたい……ですね。光も音も……消え……て」

 

     フィーネを流れる時が……止まろうとしていた。

  我慢していた涙が再び堰を切ったように流れ出す!

 今のままの……フィーネの声を聞けるのは……

これで最後なんだ。

   栗色の長い髪も……強さを秘めた優しく純粋な目も……

       そして……私に見せてくれた可愛い顔も……

             失われる。

 

「……おやすみなさい……ルナさん、 大好き…… 」

 

 それが……愛するフィーネから零れた、最後の言葉だった。

 

「フィーネー!」

 

 俺は、声が枯れるまで泣き叫んだ!

 冷たくなって動かないフィーネの体を抱き締めて!

 永遠を誓っても……目の前にある別れの痛みは心を抉り……
耐えられない!

 昨日まで温かかった心には……
吹雪が吹き荒れている!

 この痛みをどうすればいいんだ!
魂を探す……その前にあるこの心の痛みを!

 俺は、俺は!

 俺は、目の前が真っ暗になった。息の仕方も忘れて
しまいそうだった。

 声はとっくに枯れ果てて……涙まで出なくなってしまった。

 頭の中は混沌に満ちていた。今は何も考えられない。

 

 

 

 

 唯……命を失ってなお……フィーネの顔には

微笑みが浮かんでいた。

 

目次 第十五節