6三年後の夏、雪那と緋月は小学校二年生になっていた。二人共、学校の友達と遊ぶ事が増えたが、二人で居る事の方が多かった。家でコンピューターゲームをする事もあったが、夏は向日葵畑で遊ぶ方が面白い。 八月十日の昼下がり、その日も雪那は緋月を家まで迎えに行った。何処までも澄み渡る雲一つ無い空、家の中に居るのが勿体無い天気だ。 「ひー君、手を繋いで」 家から出てきた緋月に、雪那が手を差し伸べる。 「はいはい」 緋月は頭を掻きながら照れくさそうに彼女の手を握った。小学校にもなって、女の子と手を繋ぐのは恥ずかしいと言う気持ちが彼には芽生えていた。だが、雪那は一番の友達だし、同級生に見られる訳でも無い。何より、雪那の機嫌を損ねるのは嫌だったので、緋月は彼女の望む通りにしていた。 向日葵畑に行くのは柊も一緒だ。生後七ヵ月半、元気一杯である。彼は気ままに走り回り、飽きたら直ぐに緋月の元へ戻って来る。 二人と一匹は、小学生と犬には広過ぎる畑を走り回った。どの向日葵も、彼等の身長より高い。畑の外から見ると彼等の姿は見えず、はしゃぎ声が聴こえるだけだ。 雪那の家でおやつを食べ、その後も飽きる事無く遊んだ。 彼方の地平線に、太陽が随分と近付く。後二時間程で日没だろう。二人は、道路と反対側の川岸に座って、緩やかな流れの中に足を浸けている。柊は緋月の横で大きな欠伸をした。ひんやりとした風が、緋月と雪那の頬を撫でる。 「せっちゃん、そろそろ帰ろ」 緋月が雪那の手を握り、立たせようとする。しかし雪那は動こうとしなかった。疲れたので歩きたく無かったのだ。 「ひー君、歩けないよぉ。おんぶ」 甘えた声。雪那は冗談じゃ無く、本気でそう思っている。緋月はそう感じた。 これ以上、せっちゃんの我儘を聞いちゃ駄目だ。 彼の頭を、その言葉が駆け巡り、彼は雪那の手を離した。それまで、彼は雪那に本気で怒った事は無かった。しかしこの時は、今まで我慢して来た事全てが彼の中を駆け巡り、彼は雪那から数歩離れて口を開く。 「やだよ。我儘ばっかり言うなら、もう知らないからな!」 緋月は雪那を置いて駆け出した。後ろから、「待って」と泣き声がしたが緋月は振り向かない。家に帰ったら雪那が直ぐに来るので、彼は向日葵の中に隠れる事にした。 緋月の思惑通り、雪那は柊を伴ってまず緋月の家に向かった。当然彼は家には帰っていないので、彼女は走って自分の家に戻る。其処に緋月は居ない。 泣き声が、向日葵畑に戻って来た。唯ひたすら、緋月の名前を呼んでいる。緋月は雪那が可哀相になり、自分が隠れている向日葵の近くまで来たら謝って、仲直りしようと決めた。しかし、雪那は見当違いの方に歩いて行き、声も遠ざかった。声が聞こえなくなったので、緋月は立ち上がる。 雪那は大泣きしながら、さっきまで緋月と一緒に居た川に向かって歩いていた。柊が、心配そうに雪那の顔を見上げる。 「ひーくーん……、ごめんなさい」 涙で視界がぼやけている。彼女は足元も見えていない。それでも歩いていると、不意に向日葵畑が途切れ、彼女は川に落ちた。 「ワンッ! ワンワンワン!」 突然の出来事に驚き、柊はけたたましく吠える。川の深さは雪那の腰程の深さだったが、彼女は何が起こったか解らず、手足をばたつかせ、泣き声とも叫び声とも解らない悲痛な声を上げた。 |
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目次 | 第一章-7 |