第六節 錯綜

 

 此処は何処なの。私は……、誰?

 私は、何の明かりも無い暗闇の中を一人で歩いている。ううん、空間に浮きながら泳いでいると言った方が良いかも知れない。

 私は「シェルフィア」の筈なのに、何故か違う気がする。正確には、それでは「不十分」なのだ。私は「シェルフィア」だけど、それが私の全てじゃ無い。

 手探りで闇の中を進む。どれぐらい進んだかは解らない。いつの間にか手を伸ばせば届く位置に、「小さな光」が浮いていた。そっと触れて見る。光が強まり光景が映し出される。

 

「化け物……。ルナさん、あなたも魔物なんですか? 魔法を使うなんて。それに、妖精?」

 一人の少女が、洞窟の中でルナリートさんと妖精に叫んでいる。フィーネ。彼女が、何度も私の夢に現れるフィーネだ。でも今まで、こんなに鮮明な光景を夢で見た事が無い。ルナリートさんも、以前の夢ではぼやけていた。

 場面が切り替わる。今度は夕焼けの丘だ。これは、ミルドの丘。街並みは古いけれど、この丘は今も変わらない。あれ、丘の上にある「大樹」が無い。この頃には無かったのか。

 

「違います。私が……、魔物を倒しに行くんです! 例え一匹でも倒せれば、その分誰かが救われるから」

 いつの間にか、その言葉は私が発していた。目の前に居る、ルナリートさんに向かって。そうだ、お父さんが死んで、私はルナさんに頼んだのだ。戦って欲しいと。あなたは優しかった。私の我儘(わがまま)を聞いてくれて、一緒に旅をした。

 違う! 私はシェルフィアだ。そんな過去は知らない。心を(むしば)むのは止めて! 私はフィーネから離れる。また場面が変わった。今度は、共同墓地。

 

「例え脆くても……、この世界に生を受けるのは素晴らしい事なんです」

 フィーネ。あなたは、父母の墓前でそう言った。悲しみに耐えながら。その気持ち、私は良く解る。でもあなたは私と違って強いわ。

『私は強くない。唯、私を大切にしてくれた人が居てくれたから。お父さんやお母さん、そして、ルナさん』

 フィーネが私の方を見て、話し掛けて来た! こんな事は初めてだ。

「私はシェルフィアよ。どうしてあなたは、私の心の中に居るの?」

 周りの風景が闇に戻り、フィーネの姿だけが残った。この空間には二人以外に何も無い。

『私は二百年前に死んだ。でも、ルナさんのお陰でシェルフィアとして生まれ変わったの』

 悲しみが滲んだ双眸が私を見詰める。どうして?

「シェルフィアは私よ! 私はあなたのものじゃ無い」

『そうね。私はあなたを所有している訳じゃ無い。でも私はあなたで、あなたは私なのよ。より正確に言うなら、フィーネの心が核で、それを包んでいるのがシェルフィアなの。だから私達は離れられない。二人で一つの魂だから』

 彼女が微笑む。一点の曇り無く。そんな事を言われても、急に信じる事など出来ない!

「私は、私なの! フィーネなんかじゃ無い。私から出て行って!」

『フィーネを拒めば、私達は消えるわ。落ち着いて。今からあなたに私の全てを見せる』

 彼女がそう言って、私の中に入って来た! 体内に熱湯が注がれたみたいに熱い!

 熱と、頭痛で私の意識は混濁する……

 

 何だろう、この感覚は。懐かしく、愛おしい。自分が、ようやく自分になった感覚。

「どうして……、どうして争いは無くならないの? 何故殺し合わなくちゃいけないの?」

 魔物によって廃墟と化した村で、私は泣いていた。理不尽に命が奪われたから。

「君はよくやってるよ。今直ぐに、争いが無くならないのは仕方無い。それを変える為に、私達は此処にいるんだろ?」

 ルナさん、あなたはそうやって、いつも私を慰めてくれました。それが凄く心強かったんです。思い出すと、心がどんどん満たされます。

 レニーでの祝宴、私の作った「辛いトースト」を美味しいって言ってくれた事。本当に楽しくて、嬉しかった。

 そして、あなたが心配で駆けつけたリウォルタワー。その屋上で私は死に直面して、やっと正直な気持ちを言えたんです。「あなたが大好きです」って。

 シェルフィアとしての私が、ルナさんを好きになったのは偶然じゃ無い。二百年前からずっと大好きだったんだ。

 でも私は、フィーネの全てを受け入れる覚悟が出来ていない。今までの自分を失いそうで怖いから。十九年生きたシェルフィアが、新しい人生を踏み出す事を躊躇っている。

 それでもフィーネの記憶と心は、どんどん私に流れ込んで来る!

 

「私はフィーネを愛してる」

 ルナさんがそう言ってくれた時、私は人生で一番幸せだった。大好きな人と心を通じ合わせる事が出来たから。でも、人間の私と天使のあなたの一生の長さは違う。それで私が困らせると、あなたは優しい「約束」をしてくれましたね。

「フィーネ、何も心配しなくて良いんだよ。命を失っても、『魂』は死なない。魂は記憶を無くした後、新たな生命へと生まれ変わるんだ。だから、君が私より先にこの世界から居なくなったら、私は君の生まれ変わりを捜す。それは、空で光る数多の星々からたった一つを選び出すぐらい難しいけれど、必ず捜し出す」

 あなたは、その約束通り私を見付け出してくれました。獄界に、命を懸けて乗り込んで。

「グスン……。ふふ……、解りました。それなら私も、絶対にルナさんを見つけます。あなたは、その優しい瞳で私を待っていてくれる筈だから」

 ルナさん、今あなたは私を待ってくれているんですね。もう少しで必ず戻ります。

 

「生まれ変わる時は、『雪の降るミルドの丘』を再会場所にしたいです」

「ああ、そうしよう。二人共、決して忘れてはいけない『永遠の約束』だ」

 そう、私は今こそミルドの丘に行かなければならない。約束を果たす為に。

 

「何も心配せず、いつも眠るように……、おやすみ」

 あなたは最後にそう言ってくれました。

「おやすみなさい……。ルナさん、大好き……」

 だから私も、安心して眠る事が出来たんです。

 

 ルナさん……、私を連れて行って下さい。「永遠の約束」の場所へ。

 其処で私の心は、フィーネと一つになります。その時は、あなたの優しい笑顔で「おはよう」って言って下さいね。……絶対ですよ。




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