第十節 宿世
「ガキンッ!」
私とフェアロットの剣がぶつかり、その衝撃で空間が歪む! これが私の真の力。
「フィーネの魂を返して貰うぞ!」
私は精神を集中し『炎』を思い描いた。それだけで、半径二百mが炎の海に変わる! この程度の炎なら『術式』は必要ない。術式は、イメージを具現化させる為のもの。言わば、精神力を神術に変換させる為に必要な言葉であり、神が天使に与えたものだからだ。
「(そんな炎で我を消せると思うか?)」
影が私の背後、かなり遠い場所で呟く。否、これは意識の『転送』だ。影が消える、恐らく私のすぐ近くに来るだろう。ならば……
「禁断神術、滅(ruin)!」
私の周囲に無の空間を発生させる。これで近寄れまい。
「禁断魔術、闇(darkness)!」
私の滅に、影が闇をぶつけてくる! 闇は滅と同じ、無に帰す力だ。
「ヂヂヂ…!」
力が混ざり合い、歪み、周囲の空間を抉り取って消えた。その後には星も海も残らない。
私達は超高速で斬り合いを始める! 剣がぶつかれば百m程距離を取り、瞬時に間合いを詰める。剣技は対等だが、私には鎧が無い。傷がどんどん増えていく。
私達は生命の始まりから続く者。六十五億年も昔から。幾度争って来ただろう? 私達は、戦う事でしか理解し合えなかった。私達は孤独だ。神と獄王は、他に比肩する者が居ないからだ。自己の価値を見出す為には、神は獄王を、獄王は神を越えようとする以外に無かった。そうやって私達は生きてきたのだ。
だが今の私は違う。たった一人の人間の為に生きているのだ。フィーネの為に!
「光(sunlight)!」
エファロードのみが使える、究極の術。光を凝縮し、小規模なS.U.Nを作り出す。燃え盛る炎が光に呑まれ、闇の海は蒸発を始める。「キィィン!」と、甲高い音が谺す。
「闇海(darksea)!」
断罪の間が、くっきりと光と闇に分かれた。獄王の周囲に漆黒の水が集まり、高さ数kmもの波となったのだ。波と言うより、これは最早絶壁だ。
光と、闇の壁が激突する! 光が壁に呑まれたら、私は闇に取り込まれ死ぬ!
「ゴゴゴゴ……!」
闇海の力は凄まじい! 幾ら光に精神力を注いでも、徐々に押され始めている。
「私は、愛するフィーネに再会するんだ。それまでは、死ねない!」
「『愛』を主題にしたエファロードの力はそんなものか? 脆弱にも程がある」
壁が目の前に迫る! 精神力を使い過ぎて頭が割れそうだ。何故私は勝てない?
「ルナリート、お前には覚悟が足りないのだ。我々神と獄王は力の全て、命の全てをそれぞれの『界』に捧げて生涯を終える。其処にあるのは、『永遠の孤独』。その運命の重さを背負う我に、お前の刹那的な『愛』が勝てる筈が無いだろう!」
フェアロットの声が、直接脳に響く。そうだ、ロードもサタンも『界』の為だけに生き、それだけの為に死ぬ運命なんだ。だからシェドロット、今の『神』も私達の前に姿を現せない。私はそんな運命を背負えるのか?
「(ルナー! フィーネに『永遠の心』を誓ったのを思い出して!)」
リバレス! お前は、本当にいつも私を助けてくれる。どれだけ辛い状況に陥っても、最良の方法で私を励ます。
フィーネは私を信じて死んだ。最後まで笑顔を絶やさずに……。だから私は此処まで来たんだ。……迎えに来たんだ! 君は言った。「寂しいから、早く迎えに来て下さいね」と。
「私は負けない! 今度こそ、フィーネを守り抜く為に」
私は目を見開き、剣を鞘に収め、闇に向けて右手を翳した。
「光(sunlight)!」
術の多重行使だ。壁を押し返す光はそのままに、さっきの光よりも更に凝縮した光の槍を作る!
「キュィィン!」
槍が壁を貫く! 真っ直ぐに影に向かっている。
「グォォ……!」
影の叫び。断罪の間を埋め尽くしていた、光と闇が消失する。影も、もう居ない。
「見事だ……」
獄王の声が響く。だが私は、完全に力を使い果たし意識を失った。
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