第三十五節 無音の狂奏曲 B

 

「……ジュディア、貴様に解るか? 私の心が!」

 私が壊れ、再び「私」が私を支配し始める。呼吸が際限無く早まる。

「さぁ……、解らないわね」

 愛情、憎悪、喜悦(きえつ)、悲嘆、希望、絶望……、あらゆる感情が瀑布(ばくふ)となり、心の中で荒れ狂っている。体が熱い、心が熱い。燃えてしまう……!

 ルナの体に異変が生じた。髪は銀色、目は真紅、背には光の翼。彼は目を見開き、ジュディアの神術を解除して歩き始める。部屋の温度が急激に上がり、暴風が吹き荒れる。

「な……、何なの?」

 ジュディアが震えながら杖をルナに向ける。だが彼は、動く事も無く瞬時に杖を折った。

「其処をどけ」

「嫌よ!」

 ジュディアは両手を広げ、ルナの歩みを止めようと試みる。ルナはジュディアを睨んだ。

「それならば死ぬがいい。私は全てを超越する者、『エファロード』。私の邪魔をする者は、全て滅ぼし尽くす!」

 制御出来ない「私」が喋る。だが構わない、フィーネを救う為なら!

「(ルナー……。何て怒り、憎しみなの。此処に居るだけで焼き尽くされそう)」

 リバレスの心の声が届く。どうやら今の「私」は、他人の意識を読む力もあるらしい。

「私は本気よ! 絶対に行かせない」

「愚かな。力の差も見抜けぬ下衆(げす)め、覚悟するがいい」

 ジュディアが様々な神術で私に攻撃する。だがそれらは、全て私に届く前に消えた。

「これは、エファロードのみが使える神術だ。『(めつ)(ruin)』!」

 目の前に、直径三m程の『無』の空間が現れる。凄まじい力、この『無』は触れたもの全てを飲み込み消滅させるだろう。後には、破片は愚か空気すら残らない。

 放たれた無はジュディアの右肩と翼を抉り取った。それでも無は消えず、神術で保護された壁に穴を開け遥か彼方まで進んだ後消えた。

「クッ……、絶対に後悔する事になるわよ。どうせ、二百年後には……」

 ジュディアは血塗(ちまみ)れの肩を押さえながらそう言い残し、「転送」で消えた。

 意識が、「私」から私に戻って来る。

「フィーネ!」

 私は、血を吐き目を閉じているフィーネの手を取った。




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