第二十七節 澄月の恋舞
リウォルの湖。街から見て、塔よりも遠い森の中にあるこの湖は静寂に包まれている。時折、微風が湖面に漣を立たせる他に目立った動きは見当たらない。湖は、夜空と遠景を映す鏡のようだ。月影と糠星、遠くに見える山々をそのまま、水面に映し出す。
光が湖面を走った。空を舞う光を映したのだ。フィーネを抱えるルナの翼の光。リバレスはそっと二人を離れて、湖畔に降り立った。
「ルナさん、本当にありがとうございました。さっき……、死ぬかも知れないと思った時、本当は怖かったんです。目の前から光が消えて……」
ポロポロと、フィーネの目から雫が落ちる。彼女はルナの首に抱き付いた。ルナは右手で彼女の背中を、左手で膝裏を抱えている。
「……君が、無事で本当に良かった」
ルナは、彼女の背中をゆっくりと擦る。彼の目にも、煌く雫が溜まっている。
フィーネの栗色の髪が、緩やかな風に靡く。まるで、夜風と同化したかのように。
彼女の体は温かい。君が生きていてくれる、何て幸せな事だ。
「覚えていますか……」
フィーネが耳元で、躊躇いがちに囁く。
「君と過ごした日々で、私が忘れた事は、何一つ無いよ」
「……さっき言った事です。私が、死にかけた時に」
彼女の顔の左半分が、仄かな月光に照らされる。頬は朱に染まっている。
「……勿論、覚えてるよ」
フィーネの潤んだ目が、私の目を捉えて離さない。優しさ、靭さ、純粋さと僅かな戸惑いが滲んだ瞳。
「私は、ルナさんが大好きです。世界中で誰よりも……。ルナさんは、優しさを一杯くれたから。私は、あなたが傍に居てくれるだけで、温かい気持ちで一杯になるんです。強い心を持ち続けられるんです! あなたは天使様なのに、私を助けてくれて、怒ってくれた」
私は、目を閉じて彼女の言葉を、一言一言しっかり受け止める。
「ミルドの丘から全てが始まりましたね。初めは、ルナさんの事が怖かったけど、今はあなたと居るだけで幸せな気持ちで満たされます。でも……、私は人間でルナさんは天使。私の恋は叶わないと解ってます。それに、あなたには天界で素敵な恋人がいるかも知れない。それでも、ルナさんは、私が初めて好きになった人だから、どうしても伝えたくて」
彼女の背中を引き寄せる。愛しくて仕方無い。
「……ありがとう、フィーネ。人間も天使も、相手を思う気持ちは変わらない。魂が同じだから。私は、懸命に生きて、どんな辛い状況でも優しさを人に分けられるフィーネの方が、私なんかよりずっと素晴らしいと思ってる。君が居たから、私は変わった。戦う決意が出来たんだ。君は私に無い物を沢山持っている。君が私に、心をくれたんだ。だから私は、ずっと君を守る。これから先、何があっても」
私は深く息を吸い込み、言葉を待つフィーネの目を見詰める。
「私はフィーネを愛してる」
私の正直な気持ち、生まれて初めての気持ちだった。君が、誰よりも何よりも大切だ。
「ルナ……、さん」
フィーネは目を閉じ、目尻から一筋の涙を流した。紅涙は月華を受け、煌く。
「フィーネ……」
背中にかかる長い髪を撫で、私はフィーネの唇に口付けをした。柔らかで、滑らかな唇。
心が燃え上がるように高揚し、体が熱い。二人の想いが重なる事が、これ程悦びに溢れているなんて。一生心に刻まれる、大切な、大切な瞬間。
言葉は必要無い。触れ合うだけで、愛しく思う気持ちが伝わって来る。
ずっと、傍に居たい。一緒に過ごしたい。そんな想いが、強く駆け巡る。何があっても、私達の心は離れない。どんな悲しみや、苦難が訪れたとしても。
私の命は君の為に。君と生きる為に。
星が流れ、月は煌々と光る。私達を祝福しているかのように。
Our eternal heart began from this time……
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