第二十一節 繊手を取って
穏やかな日差しが、宿から出てきた若い男女を照らす。一人は鮮やかな赤髪の青年、一人は艶やかな栗色の髪の少女。傍目には、二人は恋人に見える。
此処はリウォルの街。金属加工と交易が盛んである。建物や道は石と鉄で造られ、これまで二人が訪れたどの街よりも整然としている。また街を囲む重厚な外壁は魔の侵攻を阻んでいる。住人や交易商が行き交う街の中心は華やかだ。多様な色彩と喧騒に満ちている。
「この街は平和だな」
「そうですね。外壁が街を守り、人々には鍛鉄で出来た武器がありますから」
フィーネはさっきから、キョロキョロしている。その視線の先を追うと、彼女が何を求めているか解った。
「まず、服屋に行こう」
「えっ、どうしてですか?」
目を丸くしている。私の読みは正しいようだ。
「フィーネの服を買うんだよ。この街で売っている、センスの良い服は似合うと思う」
「そんな事ないですよぉ。でも、そう言われると嬉しいです……」
頬を赤らめて俯くフィーネ。彼女はさっきから、街を歩く女性達を見詰めていた。華やかで、可愛らしい服を着ている女性達を。
丹念に磨き上げられた白い外壁、入り口の両脇は硝子で中が良く見える。中には、所狭しと小綺麗な服が並んでいる。リウォルで最高の服屋だ。ルナは、ドアに手を掛けた。
「この店には高級品しか置いてません! 別の店に行きましょう」
フィーネがルナの手をグイグイと引っ張る。だが、ルナは微笑みドアを開ける。
「いらっしゃいませ!」
シックな装いの三人の女性が声を揃える。店員だ。
「本日はご来店ありがとうございます。どのような服をお探しですか?」
一人の女性が品定めするように見て来る。フィーネは、恥ずかしそうに店員から目を逸らした。二人の店員は、奥へ引っ込む。「金が無い」と判断されたのだろう。
「この子に合う、『最高の』服を持って来てくれ」
「お客様、失礼ですがご予算は?」
やはりな。私は店員を睨み、銀貨の山と純金の皿を見せる。
「……大変失礼致しました! 只今、最高の服をお持ち致します!」
血相を変えた店員が他の二人を呼び、大急ぎで店内を駆け巡る。人を見掛けで判断するからだ。
「ルナさん、私は普通の服で良いですよぉ! 私には贅沢です」
何度も首を振り、私の手を握るフィーネ。その目には薄っすら涙すら浮かんでいる。
「遠慮するなって。どうせ買うなら、良い物を買おう」
「(そうそう、フィーネは遠慮し過ぎよー。折角の機会だし、もっとルナに甘えないとー!)」
また余計な事を……。顔が火照っているのが自分で解る。
「はい……」
フィーネは、顔を両手で覆っている。指の隙間から覗く額は赤い。
三人の店員は息を切らせながら、抱え切れない程の服を持って来た。
「はぁ、はぁ……。これで如何でしょうか?」
シルクのワンピース、毛皮のコート、ドレス……。人間界にしては、中々の品揃えだ。
「フィーネ、気に入ったら全部買っていいぞ」
「えーっと……、どうしよう。私、こんな服見るのも触るのも初めてなんですよ」
そう言いながらも、彼女の目は輝いている。しかし、恐る恐る服に触れるので埒が明かない。私は、店員を一瞥して言う。
「フィーネ、試着すればいいよ。店員さん、いいだろ?」
「勿論です! どうぞ、お好きな物をお召し下さい!」
その言葉でフィーネは決心が付いたようで、数着の服を持って試着室に入った。
「ルナさん、どうですか?」
数分後、彼女は私の前に現れた。驚きの余り咄嗟に言葉が出ない。純白のドレスを着たフィーネは清楚で繊麗だった。元々可愛いとは思っていたが、服でこれ程変わるとは……
「か……、可愛いと思う」
フィーネが、胸元のレースをギュッと握って顔を赤らめる。
「は、恥ずかしいです……。この服を着ていると、まるで花嫁さんみたいで」
花嫁衣裳……、か。「まだ」不要だが、似合っているし買っても問題無いだろう。
「よし、その服をまず貰うことにしよう」
店員が三人並んで、同時に私に頭を下げる。息の合った動きだ。
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「ルナさぁぁーん!」
フィーネは、照れながらも嬉しそうに笑っている。結局、自分の服も含め十着程の服を購入した。
胸元にリボンが付いたオフホワイトのワンピースを着たフィーネが、私の後ろを伏し目がちに歩いている。道行く人が、羨望の視線を送ってくるからだ。
「良く似合ってるよ」
「凄く恥ずかしいけど、凄く嬉しいです……。ありがとうございますっ」
頬を朱に染めて満面の笑みを私に向ける。この笑顔を見続けていたい。傍で、ずっと。
私達は市場の中を歩いている。多種多様な雑貨、食物、道具が露店で売られている。一歩進むだけで人にぶつかる程の混雑。
「ルナさんっ、あれを見に行きましょうよ!」
珍しい品を見付けては、走り出すフィーネ。だが、このままでは逸れてしまう。
「フィーネ、そんなに慌て無くても大丈夫だって!」
私の右手が彼女の左手を掴む。指と指が絡み合った。フィーネの熱が指を通して伝わる。
「ルナさん?」
フィーネと手を繋いでいる。それを意識すると、急に恥ずかしくなった。手を離そう。
「あっ……。ダメですよ。せっかく繋いでくれたんだから」
彼女は顔を紅潮させながらも、指に力を込める。彼女の細く繊細な指から、さっきよりも、確かな温かみが伝わって来た。私は黙って頷く。
その時、指輪のリバレスが「キュッ」と私の指を軽く締めた。そうだな、リバレス。
私は彼女が好きだ。
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