第十三節 饗宴街の入り口に群集が居る。彼等は一様に、此方に向かって手を振っている。 「英雄の凱旋だー!」 さっき、倒れていた男がそう叫び、駆けて来る。何事だ? 「貴方が街を救ってくれたんですね! 街長が祝宴を開くそうです。是非、ご参加を!」 不参加だ。私がそう言おうとした瞬間、フィーネが耳打ちする。 「ルナさん、断れませんよ。この街を出る船は明日まで出ませんし……。ほら、街の人がどんどん集まって来ます」 ざっと数えて、数千人。この街を出られないなら、仕方無いか。 「ああ、参加させて貰う」 「ありがとうございます! お二人のお名前を、是非お聞かせ下さい」 「……私はルナリート。もう一人はフィーネだ」 「ルナリート様、フィーネ様。今晩、盛大な祝宴を開きます! 街が一丸となって。夜までどうぞお待ち下さい」 男が、群集の元に帰って行くと、群集は方々に散った。準備を始めるのだろう。 街は熱気に満ちている。神官ハーツが消えた天界のように。 「(困ったもんねー。逃げなくていいの?)」 「(まぁ、なるようになるさ。人間の対処はフィーネに任せるし)」 「ルナさん、今日は楽しみましょうねっ!」 鼻歌を口ずさむフィーネ。こんなに楽しそうな彼女は見た事が無い。祝宴が開かれる事と、母の仇を討てた事に対する喜びだろうか。 私達は、街の中心にある葡萄園に案内された。この葡萄園を中心に、街全体で祝宴を開くらしい。各住宅から、テーブルと椅子が運び出される。テーブルには、様々な料理や酒が並んでいる。「街が一丸となって」という言葉の通りだ。 空には月が昇る。葡萄園には、豪勢な料理と無数の酒が運び込まれた。見渡す限り、人、人、人。この街そのものが、一つの巨大な生命に思える。死の恐怖を脱した「今」を祝うという、一つの意思を持った生命。 いよいよ、祝宴が始まるらしい。私は、銀の杯に「恵みの雨」を注がれた。誰もが、手に杯を持ち街長を注視している。不気味な光景。全員が杯を持って、何をする気だ? 「さぁ、ルナリート様とフィーネ様に感謝の意を表し……、乾杯!」 「乾杯!」 杯がぶつかり合う。フィーネも杯をぶつけて来た。これは、祝いの儀式と考えて良さそうだ。大地が揺れる程の歓声が上がる。大声を出さないと、話が出来ない。 「(凄い騒ぎ方だな。こんな騒がしい行事は、天界に無かった)」 「(そうねー。それだけ嬉しいって事でしょ。それはそうと、後でわたしにも飲ませてね)」 「(勿論だ)」 リバレスも酒を飲める。彼女も天使同様、酒には至極強い。 「皆の者! この偉大なる勇者の話を、酒の肴にしよう!」 は? 何を言い出すんだ、この男は。困るじゃないか。こういう時は…… 「フィーネ、何でもする約束だよな。上手く話してくれ」 「えぇー……! そんなぁ、私は話が苦手なんですよ!」 額から汗を掻き、狼狽している。だが、「キッ」と前を見据えた。覚悟が出来たようだ。 「(頑張ってねー)」 指輪のリバレスが、面白がって私とフィーネに言葉を転送する。 「え? リバレスさん。何処ですか!」 辺りをキョロキョロ見回すフィーネ。私は指輪を小突いた。 「それではフィーネ様、お話を!」 「あっ、はい! ええっと……」 フィーネは、冷や汗を掻きつつも上手く話をした。リバレスの存在と、人間離れしたルナの力を隠して。ルナは、「記憶を失った剣士」とされた。 ルナは感謝の為に訪れてくる人間に、適当に相槌を打ちながら、料理を頬張り、酒を水のように飲む。飲み比べをしてくる人間も居たが、ルナは全員を負かした。 「(人間は、本当に楽しそうに笑いよく喋るな。流石に疲れたぞ)」 「(それじゃー、みんな酔い潰れてるし、宿に行きましょうか)」 無言で頷き、私はワインを一本持つ。フィーネは、まだ街の人間に囲まれている。 「フィーネ、私達は先に宿に行く。後は頼んだぞ」 「ふぁい?」 泥酔か……。まぁ、此処には魔は居ないし、暫く放っておいても大丈夫だろう。 「酔いが醒めたら、宿に来るんだぞ」 私は、この街の宿で最も高級な部屋を無償で提供された。リバレスは、ワインを飲んでいる。彼女専用の小さなグラスに注がれたワインを何杯も。 「このお酒、美味しいわー!」 彼女は驚嘆の声を上げた。無邪気に私の周りを飛び回りながら。 「だろ?」 「いいなぁ、料理も美味しいんだろうなー」 その時、部屋の扉をノックする音が響き、彼女は指輪に戻った。扉を開けると、街人に運ばれて来たフィーネの姿があった。既に眠っている。私は、連れて来てくれた人間に礼を言い、フィーネを抱えベッドに寝かせる。彼女の体は軽く、温かい……。また、その幸せそうな寝顔に鼓動が早まった。私も酔っているのかもな。その後、リバレスを肩に乗せ、バルコニーに出た。 「フィーネも、普通の人間なんだな」 「ホント、人間って色んな面で弱いわねー」 弱いが、強い。弱さも強さも持っているのが、人間なんだ。 「二百年、あっと言う間かもな」 「……そうかもねー」 リバレスも、人間への偏見が薄らいでいるようだ。やはり、天界の教えは碌なものじゃ無い。何が、「人間は知能が低く、感情のみで動く動物。言葉を一応話すことが出来る」だ。 「ルナさーん……」 フィーネの声。どうやら目を覚ましたらしい。振り返ると、真っ赤な顔で足取りが覚束無い彼女が居た。 「どうした、眠れないのか?」 「……あなたは、何者か解りませんが……、良い人ですね。とっても感謝してます」 俯いて、呟くように言う彼女。普段と様子が違う。 「急に何を言い出すんだ?」 「私の我儘を聞いてくれて、助けてくれて。初めは、無口で怖い人だと思っていたのに」 「フィーネ、酔っているのに無理するな。ゆっくり寝るんだ」 「私は酔ってません。今言った事は、全部本当です!」 耳が痛い程の大声。どうやら本心らしい。さて、どう切り返すか。 「ルナが良い人なのは当たり前じゃなーい。だから、あんまり心配かけないでねー」 お前まで何を言い出す。リバレスは思いっ切り笑っていた。彼女の前で。 「はーい。……あれ、目の前が」 フィーネは前のめりになったので、受け止める。もう、寝息を立てていた。 「はぁ、ヤレヤレねー。これだから人間は……」 リバレスが溜息を漏らした。その気持ちはよく解る。 「まぁ、仕方無いだろう。それでも、私が思っていた人間像よりは遥かに上出来だ」 「ルナは何でも、公平に見ようとするもんね。でも、あんまり人間を贔屓すると、ジュディアに怒られるわよー」 ジュディア。私が堕天する前に、「人間に毒されるな」と言っていたな。 「私は、人間に毒されてなどいないさ。唯、愚かでは無いと理解しただけだ」 「はいはーい。確かに、天界で言われてた程、馬鹿じゃないもんねー」 お前はいつも私の考えを理解してくれる。 「リバレス、ありがとな。お前が居てくれて、助かってる」 「もー、照れるわよー!」 小さな手で、私の頬を引っ張る。ちょっと痛い。 天界に帰ったら、人間への誤解を解こう。思い込みが激しいジュディアは、少々怖いが。 「人間界での話、一杯持ち帰りましょーね」 リバレスが翼をはためかせて、飛ぶ。 「ああ。色んな思い出が出来そうだ。また、明日からも頑張るか!」 「はーい!」 私達は明日からの旅に備えて眠りに就く。 しかし……、フィーネが目覚めるのは、いつになる事やら。
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目次 | 第十四節 |