第七節 奔競
「大丈夫だ。やっぱり今日は誰も居ない」
セルファスがルナ達に手招きした。彼は先頭を歩き、先の様子を調べていたのだ。
いつもなら、石畳と森の接点にある監視台に兵が居るのだが、今日は不在である。
「勝負は此処からだな」
「おう、俺はいつでも準備OKだ」
彼等は顔を見合わせて頷く。ピリピリと空気が張り詰めている。
「私達は、此処で待ってるから気を付けて行ってきてね。特にルナ、お願いよ……」
ジュディアは美しく長い金髪を風に靡かせ、大きな瞳を不安に染めながら言った。
「解ってる。それに、私は負けるつもりは無い」
それに過敏に反応したセルファスは、小声だが興奮しながらジュディアに言う。
「ジュディア、俺はこの勝負でルナに絶対に勝つ! そしたら俺の事を認めてくれ!」
「はいはい。もしあなたが勝てたらね。万に一つも無いでしょうけど」
だが、ジュディアの反応は、いつも通り冷淡なものだった。そんな返事に対しても、セルファスは嬉しそうに微笑む。
「よし、これでルナに勝って、ジュディアに褒めて貰うんだ!」
やる気が漲っているのが感じ取れる。そしてもう一人、私を心配するリバレス。
「負けてもいいから、無事に帰ってきてねー!」
私にとって、娘のようなリバレスの言葉が、一番励みになる。この勝負で一番大切なのは、無事に戻る事だ。途中、誰かに見付かってはならない。
「それでは、二人共準備はいい? ……スタート!」
ジュディアが叫ぶ! 私達は同時に駆け出した!
森の入り口から泉までは、大体五百m程度ある。私達は、足場の良い石畳を走っているので、三十秒あれば泉に着くだろう。左右には鬱蒼と茂る森。上にはレッドムーン。光は殆ど差し込まない。私はセルファスの真後ろを走る。想像以上に速いな!
「セルファス、いつからそんなに速くなったんだ!」
私の言葉など聞こえていないかのように、彼は更に加速する。私は、全身に力を込め、全力で石畳を蹴り始めた。バキバキッ、一歩踏み出す度に、足元が罅割れる。私はセルファスを追い抜いた! 付いて来れまい。
「うおぉ……!」
振り返ると、彼の顔は真っ赤で全身が熱を発している。熱気がこちらまで届く!
「負けられねぇんだ! 俺は、ジュディアに、認めて貰うんだ!」
彼は問いには答えず、息を切らせながら、呪文のように叫んだ。
距離が離れないまま、泉が目の前に迫る! 私とセルファスは、ほぼ同時にコップを泉に沈めた! その瞬間だった。
「カッ!」
泉が光り、水が触手のように変化した! それが、私達を絡め取ろうとする! 「ガシャン!」、私はコップを落としたが、触手は上手く回避した。セルファスも……、避けきれたようだ。
「ルナ、これは罠だ!」
「解ってる! 恐らくは……」
「神官ハーツ!」
「逃げるぞ!」
全く、とんでもない。泉の噂を流したのは、「神官ハーツ」だったのだ! 規則違反者を捕える為に。考えて見れば、「強くなれる水」は学生好みの餌だな。
「ちっ! しつこい罠だな」
セルファスが舌打ちする。泉から百mは離れたのに、まだ水が追って来るからだ! だが、私達の方が速いので、このまま逃げ切れそうだ。
「セルファス、勝負はどうする?」
「ふっふっふ! これを見ろ」
彼の手にはコップ。しかも、ちゃんと水が入った。
「恐れ入ったよ。私は落としたからな。お前の勝ちだ。だが今は……」
「ジュディアに報告! じゃなくて、捕まったら終わりだ。全力で行くぜ!」
私達は更に加速し、スタート地点間際まで戻って来た!
「ジュディア、飛べ!」
私は叫びながら、後ろを指差した。直ぐに状況を察した彼女は、即座に翼を開く。私達は一斉に飛び立った。
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