【第五節 心を受けて】
私の目の前には父さんと先代獄王、隣には兄さんとフィアレスが並んでいる。そして、私達を遠くから円状に囲んでいる歴代の神と獄王。その数は46526人に上る。更にその外側では、セルファス、ノレッジ、レンダー、ティファニィさんを始めとするあらゆる人々、魔が祈るように私達を見詰めている。
此処は、魂界中央の『転生台』。名の通り、魂界を通って来た魂の最終目的である『転生』が行われる場所だ。
「準備は出来たようだな」
信頼に満ちた目と口調。父が私達三人を一瞥して言った。
「はい、後は私が精神体になる為の媒体を教えて頂くだけです」
頷く父と先代獄王。
「媒体は、『シェファ』と呼ばれる宝石だ。在り処は」
そこまで言われて私は先代獄王を制止した。それ以上は聞く必要が無いし、聞くのも恥ずかしい。
「シェルフィアが持っています」
私がそう言うと、皆が頷いた。全く……。先祖達に見守られるのは有難いが、プライバシーが皆無なのは辛い。
宝石シェファは、211年前にリウォルタワーを陥落させた時に街長から貰い、11年前にシェルフィアへの婚約指輪となった。勿論、今もシェルフィアが大切に保管している。虹色の光を放つ珍しい宝石だと思っていたが、まさかそんな力を持っているとは。
「宝石シェファは、始めの者『存在』の一部だ。星の名が付いているのはその為だ」
そんな重要なものを人間が持っていたのは驚くべき事だが、もっと驚くべきなのは私の手に渡った事だ。まるで最初から決められていたかのように。
『運命』、その言葉を信じ、翻弄され、私は戦って来た。もし今の私の状態が運命ならば、運命は多重構造だ。私の最初の運命は、従来の神と同様に、生涯を懸けて天界を支える事だった筈だ。だがその運命を変えた先には自らの死があり、今度は精神体として存在シェ・ファを倒すという運命がある。
運命は、選択の結果が交錯して生まれた必然とも言えるだろう。天界の維持を放棄した後の、存在シェ・ファの出現、大切な者を守る為に自らの命を犠牲にした事は必然だ。だが、シェ・ファを一時的に封印出来たのは僥倖であり、偶然だったのかもしれない。
一つだけ言える。
運命でも必然でも偶然でも構わない。自分が一番大切なものを守れるならば。
兄さんは煙草を吸っている。ティファニィさんから貰った煙草。紫煙がゆっくりと立ち上っていく。ティファニィさんは、遠くから兄さんに笑いかけ、兄さんもそれに応えて口元を緩ませる。
フィアレスは目を閉じている。現世での妻、そしてもう生まれているだろう子に思いを馳せているのだろう。
「息子よ、お前が現世で宝石シェファを手に取った瞬間から、魂界と全ての魂は純粋なエネルギーに変換されてお前に注がれる。肉体の臨界を突破した時点でお前は精神体に変わるだろう。宝石を手に取り、完全なる精神体に変わるまで数秒。存在シェ・ファの封印が解けた事を感じ取ったら、直ぐに宝石を握り締めるのだ」
「解りました。私からも質問があります」
「何だ」
「私は何分間、精神体でいる事が出来ますか」
私の言葉で皆に動揺が走る。何故隠すのか、私に余計なプレッシャーを与えない為だろうか。
「気付いているとはな。確かに精神体は、状態を維持するだけで凄まじいエネルギーを消費する。何もせずとも、一日で全エネルギーが枯渇するだろう」
思ったより短い。
「全力でシェ・ファと戦えるのは30分だ」
先代獄王の迷い無い声。静まり返る場、私はこの言葉が正しい事を確信した。
30分で倒さなければならない。躊躇無く、最初から全開で戦うしか無いだろう。予想外の短時間だが、30分も存在シェ・ファと対等に戦える時間を作って貰えるだけで十分有難い。
「ルナリート、ハルメス、我が息子達。そして、獄王フィアレス」
「我々の未来に福音を」
兄さんが鎧となり、フィアレスが剣と化す。私は二人を身に着けた。
「必ずや、成し遂げて見せましょう!」
私は星剣フィアレスを抜き、天高く突き上げた。
光と闇が斑に走った膜に私達は包まれる。私は、二人の分まで皆に手を振った。
もう、この魂界を見る事も皆に会う事も無い。精神体となった私のエネルギーと化した時点で、この魂界も皆も消えるのだ。
そして、新たなる生命が生まれる事も無くなる。死した生命の魂は星を彷徨い、安住の地へ行く事も無い。
やがて、星の生命は全て朽ち果てるだろう。
そう、私がシェ・ファを倒さない限りは。
私ははっきりと理解した。「Luna」の意味、私が生まれた意味を。
Lunaのもう一つの意味、「約束の場所」。
例え、最愛の人の魂に触れる事が出来なくとも、私は守ってみせる。
I’m Luna.