「確かに精神体になるだけなら、俺でもフィアレスでも可能だ。精神体になれば、魂界のエネルギーを受ける事も不可能じゃないだろう。問題はその後だ」
その後?
シェ・ファとの戦闘時、否、倒した後か?
「何とかシェ・ファを倒せたとしよう。その時、魂界は何処にある?」
「存在しないでしょうね」
私は咄嗟に答えていた。それは明確だからだ。
「今いる魂界は消えるだろう。だがたった一人、精神体になる事により、魂界を再構築出来る者がいる。それがお前なんだ、ルナ」
「私が?」
そんな事は知らない。初めて聞くし、神として継承した記憶にも存在しない。
「これを見ろ、ルナリート」
フィアレスが中空に文字を描く。古代語で……
「Luna」
「この言葉の意味は、転生する迄に必ず理解するだろう」
Luna、私の名前の一部。そして、『月』を意味する。そんな事は昔から知っていた。だが引っかかる。古代語の「Luna」には別の意味が存在していたような気がする。私は読んだ書物は一言一句記憶しているが、Lunaの別の意味は思い出せない。書物には書かれていないのだろう。だが、妙に懐かしい言葉だ。
もう少しで思い出せそうな気がするが、暫く時間がかかるだろう。
「ルナリート、今はシェ・ファとの戦闘で勝機を見付けよう。奴が封印から覚めるまで時間は僅かしか無い」
「あ、あぁ。解った」
考え事をしていたので曖昧に頷く。確かにフィアレスの言う通りだ。一番重要なのは、誰が精神体になるかでは無い。如何にしてシェ・ファを倒すかだ。彼女が再び人間界に現れるのは、二年後では無く明日かもしれないのだ。
「次からの戦いは、ルナを擬似的に精神体に変換して行う」
兄さんの声、その声が響いた瞬間、私の中に洪水の如くエネルギーが流れ込むのを感じる!
「熱い!」
私は半狂乱になり叫び、体の中心から焼かれるような感覚の後、気を失った。
〜精神体〜
意識が揺れている。陽炎のように……
頭の頂から爪先、体の中の隅々まで熱に冒されている。
段々意識がはっきりしてきた。恐る恐る目を開く。
「(気分はどうだ)」
これは兄さんの意識の声、私は他人の意識を掬い取れるようになっている。
「体が熱いです」
その時、ふと自分の指先を見ると『半透明』になっている事に気づいた。だが、意識を指先に送るとくっきりと指が浮かび上がる。精神体は体の密度まで変えられるらしい。
「ルナリート、覚悟!」
フィアレスの叫び声!
私は咄嗟に身構える!フィアレスの剣が私に向かって振り下ろされた!
「ヒュッ」
だが、剣は私を透過して空を切る。物理的な攻撃は無効、シェ・ファと同じだ。だがそれより……
「脅かすなよ!」
私は拳を握り、フィアレスに殴りかかった。
「待て、ルナ!」
兄さんが立ち塞がり、私の拳を止める!
「うおぉぉ!」
炎に包まれ、数百m弾き飛ばされる兄さん。何て事だ!
私は走り、兄さんに近付く。体が軽い、瞬き一つ終わらない間に彼の元に辿り着いた。
「治癒!」
炎と打撲によって致命傷を負った兄さんの傷が瞬時に修復される。
「また死ぬかと思ったぜ……。どうだ、シェ・ファとは戦えそうか?」
「はい」
私は即答した。あらゆる力が、肉体の時を凌駕している。更に、精神体になるとシェ・ファに意識を掬われる心配も無いだろう。精神体が意識を読み取れるのは、他人の肉体に内蔵された精神エネルギーと、共鳴する事が出来るからだ。精神体同士では意識の共鳴は不可能だ。
それから、一年間戦いの日々を過ごした。
精神体となった私が、星剣フィアレスと星鎧ハルメスを濃縮された精神エネルギーで覆う事により、対等に戦える事が解った。
だが、存在シェ・ファも精神体である私も擬似的なものだ。シェ・ファの実際の力は、この数千、数万倍に及ぶだろう。そして、私に注がれるエネルギーも同様に桁違いの大きさだろう。
訓練は終わった。後は転生し、実際の戦いに備えるだけだ。
二つ、精神体になって解った事がある。
まず精神体は孤独だ。あらゆる意識を拾い、他の生物と理解しあう事は出来ない。
エファロードや、エファサタンも他人の意識を掬う事はある。だがその状況は極めて限られており、普段は自意識のみで生きる事が出来る。
だが、精神体は精神エネルギーの結晶であり、否応無く常に他の精神エネルギーと共鳴するのだ。その事により、あらゆる生物の、悲しみ、喜び、憎しみ、慈しみなどの感情や、現在考えている事までもが濁流の如く流れ込んでくる。
大勢の生物がいる人間界で、長時間精神体になったままなら、私は発狂してしまうかもしれない。唯、シェルフィアとリルフィを想う事だけが正気を保つ「よすが」だ。