【第三節 小さな翼と大きな想い】

 

 リルフィは目に涙を浮かべながら、本を胸に抱えて足早に屋上へと向かった。屋上に出て扉に外側から鍵を掛けると、彼女は堰が切れたかのように大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにしながら声を上げて泣いた。

 限りない幸せと、どうしようもない寂しさが胸を満たして自分が何処にいるのかも忘れる程だったが、世界が夕陽に染まり頬を撫でる優しい風を感じて、少し落ち着きを取り戻した。そして、彼女は今までに一度も行った事の無い「変化」を試みる。瞬く間に体は小さくなり、背中には蝶のような羽が生えた。

「わたしはリバレス……」

 そう呟いた後、幼少のリルフィから現在のリルフィまで徐々に体を変化させる。

「そして、リルフィでもある。両方とも、ルナに貰った命。わたしをこんなにも想ってくれてありがとう」

 リルフィは左手で本を胸に抱き、右手で涙を拭った。そして、ルナとシェルフィアが居る「蒼い月」を空に探す。

 だが、何処にも見当たらない。

「この時間だともう出ている筈なのに」

 彼女はそう呟いた直後、背中に途轍もない悪寒を感じた。

「太陽が二つある……。違う、一つは『レッドムーン』!」

 リルフィはそう叫ぶ。レッドムーンは百年に一度顕れ、かつて天界では不吉の象徴とされていた。しかしレッドムーンの夜には外を出歩く者が居ない為、子供達にとっては夜の冒険に繰り出すチャンスでもあった。レッドムーンに実害は無いと長く考えられてきたが、前回のレッドムーンは例外だった。前々回から十年しか経過しておらず、しかもレッドムーンと共に、生物を殲滅させようと「存在シェ・ファ」が現れたのだ。そして、今回のレッドムーンは前回から二十年しか経過していない。このレッドムーンも例外なのだ。それに、ルナが魂界を創る事で蒼く輝く星となった筈なのに、赤く染まっている理由が分からなかった。

 彼女の背中に戦慄が奔り、更なる異変を察知する。眼下の城門付近に凄まじい数の人だかりが出来ていたのだ。目を凝らしてみると、人々は武装しており一様に殺気立っている。そして、数門の大砲が城門を狙っていた。

「一体何を!?」

 彼女が声を荒げ、光の翼を出そうとした瞬間、

「ドォォーン!」

 轟音が響き、足元が揺れた。砲弾が城壁に命中したのだ。人々の前に、ウィッシュが躍り出るのが見える。ウィッシュが居る以上、この城が攻め落とされたりはしないだろうがリルフィは今までに無い出来事に混乱する。

「人々がこの城を攻撃する理由……。わからない! わたしが何か悪い事でもした? もしかしたら気付かない所で不満を抱かせていたのかも知れない。ううん、今は自問自答している場合じゃない!」

 と、リルフィは叫びながら光の翼を発現され、城の屋上から群衆に向かって飛び降りた。

 

目次 第四節