§プロローグ§

 

「僕も自由が欲しい……運命などに縛られない生き方をしたい」

 第23264代目獄王の後継者、フィアレスは深手を負って動かぬ体でそう呟いた。『新生・中界計画』の失敗……ルナリート・ジ・エファロードによる天界の維持放棄から既に9年が経過している。だがフィアレスの体は、ルナリートの兄ハルメスから受けた剣で指先を動かす事さえ困難だった。……フィアレスは強く憎んでいた。エファロードとエファサタンは『界を守る者』であり『孤独な支配者』であるはずだ。それなのに、ルナリートとハルメスは己が信じるものの為だけにそれを破壊したからだ。……そして、同時に羨んでいた。定められた運命に従わず、『自分の生きる道』を選択している事を。

「フィアレス、『断罪の間』へ」

 その時、フィアレスは現獄王で父であるシェドロットに呼ばれた。『獄王』を継承するためだ。ルナリートが『神』を継承したように、この日フィアレスも『獄王』を継承する事となる。神と獄王は表裏一体……生まれる時期、そして死を迎える時期さえも重なるようになっている。

 

「僕はこれから……進むべき道は自分で選びます」

 

 フィアレスは決めていた。獄王の役割、『獄界の存続』と『深獄の封印』を捨ててでも自由になる事を。

 だが知らなかった。それが意味する事……そして、近い未来に引き起こされる事象を……

 その『存在』は唯静かに……物も心も存在しない無の中で目覚めの時を待っている。

 

 

 210年前……

『現在』を語るのならば、この210年前の出来事を認識する必要がある。この時、一人の天使で後にエファロードとして覚醒するルナリートが人間界に堕ちた。当初彼は、天界の歪んだ教えによって『人間』は下等な存在だと思っていた。だが、フィーネという一人の少女の強く温かな心に接している内に『人間』に好感を抱き、やがて彼女と恋に落ちる。しかし、その幸せは長く続かずフィーネの死という形で終わりを迎えたかのように思われた。ところが、二人は何よりも強い絆で結ばれており……『永遠の心』を信じて200年後に再び結ばれる事となる。

 

 

 10年前……

『永遠の心』の約束通り、フィーネはシェルフィアとして生まれ変わりルナリートと再会する事が出来たこの年……

 長い長い歴史の連鎖の中で、この星は転機を迎える。第23265代目で兄弟のエファロード、ルナリートとその兄ハルメスによってだ。今までのエファロードは『天界の維持』を最優先とし、次に天界での余剰エネルギー排出の為に『人間界』に人間を創っていた。

 しかし二人は人間を愛し……兄であるハルメス、そしてルナリートと苦楽を共にしてきた天翼獣リバレスが犠牲となる事で『天界の放棄』と『人間界との同化』、更には『獄界との隔絶』を果たした。

 そう、全ては愛する『人間達』の為に……

 今という『幸せ』は掛け替えの無い命の代償で生まれたものなのだ。

 

 

 そして現在……

 歴史を変える戦いから10年、人間界は平和そのものだ。ルナリートとシェルフィアの子供リルフィは8歳になった。また、リルフィ誕生の1年後にルナリートの友人セルファス、ジュディアにも子供が生まれウィッシュと名付けられた。

 人間界は皇帝となったルナリートが治めており、各街には天界に住んでいた天使も暮らしている。天界を失った今、天使達は力を失いつつあるがそれでも人間以上の力は保持しており、人間界の発展に寄与している。また、科学技術も発達した。有事の際に使用する事が出来る武器の性能も向上し、もし万が一昔のように魔が襲来したとしても人間達だけでもある程度は戦えるだろう。そして、機械の動力エネルギーとして『蒸気エネルギー』も開発された。この動力は試験段階だが、機関車と船に採用されている。

 魔に虐げられていた時代は終わり、人々は力強くそして未来を信じて前向きに生きていけるようになったのだ。

 

 勿論ルナリートとシェルフィア、その娘リルフィも毎日を幸せに暮らしている。シェルフィアがフィーネだった時から願い続けていた夢……

 誰と争う事もなく、幸せな家庭を作り……ずっと傍にいて、愛を深めながら日々を送っていく。200年以上も前からの切なる想いが、ようやく実現したのだ。

 そして、この3人は唯一人間界の中に於いても力を失わない特別な存在である。ルナリートは、エファロードとしての力を受け継ぎ失う事はない。シェルフィアは、フィーネからの転生の際に強大な力を受けた。その力は天使を凌駕し、エファロードに近い力を持つ。そんな二人の娘リルフィも、両親の力を確実に受け継いでおりそれが発現する日もそう遠くは無いだろう。

 

 平和ならば戦う必要などない。

 だが、愛すべき者の為ならば命を賭して戦う心がある。

 

 

「愛する人が幸せに生きてくれるならば……
自らの命すら惜しくは無いから」

 

 

 そして、再び物語は始まる。『永遠の心』を持ち……
『Luna』へ……

 

 

目次 第一章 第一節