【第二節 再臨】

 

 この日、世界中で大雪が降った。雪と共に激しい雷光が走り、人々は恐れ跪く。何か大きな事が始まろうとしている、誰もがそれを予感した。

 始まるのは終焉への序曲か、それとも救世主の降誕か。あらゆる生物が祈りを捧げる。安息の未来を願って。

 

 皆、本能で理解している。終末の日が近い事を。そして、終末を止められる一縷の希望が現れる事を。

 

 ミルドの丘、世界の祈りはこの一点に集まる。

 夜が更けていく。丘の樹の麓では、二人の女が空を一心に見上げている。シェルフィア・ジ・エファロードと娘のリルフィである。其処から50m程離れた所には、小さな子供を抱いたキュア・ジ・エファサタンもいる。時折子供の頭を撫でてはいるが、彼女もまた無心に雪空を注視している。

 彼女達は、直感で今日が『再臨』の日だと知っているのだ。

 三人共、昨晩から胸騒ぎを覚えていた。失った大切な人が帰って来る予感。その予感を、この大雪と雷が確信に変えた。

 

「もうすぐよ、リルフィ」

 シェルフィアがリルフィの手をギュッと握る。リルフィは強く頷く。

 私には解る。一度転生した私には。この懐かしいエネルギー、空気、全て私がシェルフィアになった時と同じだ。ルナさんが帰って来て最初にかける言葉はもう決めている。

 シェルフィアは微笑んだ。間も無く、その瞬間が訪れる事を知っているからだ。

 

 突如、雪と雷が止んだ。世界が無音に包まれる。その刹那、

 

「ピカッ!」

 

 真っ白な光柱がミルドの丘を包む。その光は、真夜中の空を破り天高く立ち上っている。

 その光は世界を照らし、まるで真昼のようだ。

 ルナリート・ジ・エファロードの墓が宙に舞い、光の最も濃い部分へ吸い込まれる。その直後、世界へ拡散した光も其処へ集約を始めた。

 

 世界が震え始める。たった一つの希望を生み出す為に。

 

 濃縮された光、それが消えていくと共に一人の男が姿を現す。白亜の鎧と漆黒の剣を携えて。

 銀の髪が風に靡き、紅の瞳が未来を見詰め、光の翼が空を切る。

 ルナリート、最後の希望だ。

 彼は自分自身の存在意義を理解し、帰って来たのだ。

 

「ただいま」

 地上に降り立ったルナリートが、慈愛に満ちた笑みを浮かべてそう言った。

 歓喜の涙を流して彼に飛びつくシェルフィアとリルフィ。

「おはようルナさん、お帰りなさい!」

 私の記憶が完全に戻った時、ルナさんが掛けてくれた言葉。それをずっと、ルナさんにも言いたかったの。

 シェルフィアは幸せを目一杯顔に表し、ルナリートの首に抱き付く。

「お父さんお帰りっ!」

 リルフィは、此処で初めてルナリートを『お父さん』と呼んだ。一筋の涙を流すルナリートの胸に、彼女は顔を埋める。

 ルナリートは二人を抱き締めながら、冷たくなった頬を温かくなるまで擦った。愛する人の体温を感じられる幸せを、強く噛み締めながら。

 本当はずっとそうしていたいのを我慢して、彼は二人を放す。

 ルナリートの真剣な表情、それを見た二人は直ぐに話を聞く態勢に入った。

 

「転生したのは私だけじゃない。この鎧はハルメス兄さんの魂そのものだ。そして」

 束の間の逡巡、だが決意して彼は口を開く。目の前に居る、キュアに向かって。

 

「この剣がフィアレスだ」

 

 彼女の目が大きく見開かれ、涙が瞳に溜まる。だが彼女は歯を食い縛って泣くのを堪えた。

「ルナリート・ジ・エファロード、お心遣い有難うございます。貴方が戦う為に帰ってきたのも、フィアレスが貴方の剣になったのも解ります。ですが、どうか一晩だけでもこの剣と一緒に居させて頂けないでしょうか」

 ルナリートは大きく頷く。彼は、妻にも子にも自由に触れる事が出来る。だが、フィアレスは触れるだけで傷付けてしまうのだ。それでもキュアは涙すら流さず、ルナリート達に嫉妬する事も無く、唯一緒にいさせて欲しいと願っている。そんな切なる願いをルナリートが断れる筈も無い。

「言葉は話せないが、意識の『転送』で会話する事は出来る。キュア、君も私の城に来れば良い。そうすれば、戦いの日まではフィアレスと共にいられる」

 彼は妻と娘に目をやった。二人共、目に涙を浮かべて何度も頷いている。

「ありがとうございます!」

 キュアは涙を堪えるのを止めて、大泣きしながら剣を受け取った。

「(済まないな)」

 ルナリートにだけ響く、フィアレスの声。

「(私に出来るのはこれぐらいだからな)」

 彼もまた、微笑みを浮かべてフィアレスに『転送』で言葉を送り返した。

 

 この日、世界中で喜びの歌が歌われ、生きとし生けるもの全てが生を謳歌した。この生が、もうすぐ終焉を迎えるものでは無く、未来永劫連綿と続いていく事を信じながら。

 ルナリート達も、城で夜が更けるまで話し込んだ。暖炉を囲み、幸せな昔話に花が咲いたからだ。勿論、こんな夜に厳しい現実の話が相応しくないのは、自明の理である。

 

 シェルフィアとリルフィはこの日、ルナリートに甘えたくて仕方が無かったが、三人共ベッドに入った瞬間眠ってしまう。幸せと安堵と少しばかりの疲労、それらが重なった為だ。

 

 もしルナリート達が勝利を収めれば、この日は『再臨祭』として永遠に祝われる事となるだろう。絶望の中にも必ず希望がある事を、人々は決して忘れない。

 

何者も、『想い』を砕く事は出来ないのだ。時も死も、絶望さえも。

 

 

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