【第八節 歴史の闇】

 

 これは、決して語られぬ歴史……。そして、隠された真実である。

 

『存在』……。それは、全ての始まり。形容するならば、永劫の狂気。否……深淵なる久遠の闇。

 光も物質も、時も……あらゆるものは其処から生まれた。

 それまでは、何もかもが『無』であり、久遠の闇に光が射す事は無かった。

 

 だが『存在』は静かに……内包する無限のエネルギーの胎動を堪えながら、動き出す『時』を確実に待っていた。

 

そして『時』が始まった。

 

 100億年前……

 『存在』に亀裂が入り、『光』と『物質』が止まっていた『時』を取り戻すかのような勢いで、また闇を拭い去る為に……何者も超越するスピードで無限に加速し『存在』から広がっていった。

 その際限なく拡大する領域は留まる事を知らず、たった今でもそれは変わる事はない。

『時』の始まりは此処からで、全ての『モノ』の原点が生み出される事となった。

 

Lunaへと続く道も同じように……

 

 10億年後(90億年前)……

 『存在』の一部である『モノ』は宇宙を形成し、その破片の物質は眩いばかりの星々になったが、まだ激しく熱を帯びており、物質は常に超高温の炎に覆われていた。

 その炎は収まる事を知らず燃え盛り、星を包む空間をも焦がし、暗黒だった宇宙を照らし続けている。

 まるで、暗闇を恐れるかのように唯、光と熱を放ち……悲しき『無』の世界を忘れる為に熱き炎をもって叫び続けているのだ。

 拡大する宇宙の涯では、今も焔が消える事は無い。

 

 そんな焔の一つに抱かれて、『惑星シェファ』も誕生した。

 誕生したシェファもまた、『存在』の一部である事は言うまでも無い。

 

 シェファは、原形を象るまでの20億年……真紅の大気に取り囲まれ、無数の星屑の隕石を呼び込み巨大化していった。

 隕石は激しい悲鳴を上げてシェファに衝突し、シェファもそれに呼応するかのように灼熱の溶岩の涙を流してそれを受け止めた。

 その繰り返しは、途方も無い時間続いたが、徐々に収束の方向に向かっていった。

 

 30億年後(70億年前)……

 シェファは誕生して20億年が経過し、厚い大気に覆われ表面温度を下げていった。

 星には大地の原形が完成し、高温の液体……それでも海と呼ぶ事ができる広大な海原も完成した。

 海は液体であったが、常に沸騰でボコボコと海面を揺らして蒸発し、それが雲となりまた雨が降る繰り返しだった。

 そうして出来た空は、惑星シェファが属する銀河の中央に位置する高エネルギー体の星である『S.U.N』からのエネルギー放射を遮り、星の表面温度を下降させていく。

 だが、この時点では無論生ける者が存在し得なかったのは言うまでも無い。しかし、この5億年後に奇跡は起こる。

 

 35億年後(65億年前)……

 時が満ち、今日まで続く世界の発端とも言える『運命』が始まった。

 惑星が生まれてから25億年が経過し、強大な二つの生命体が誕生したのだ。

 

不毛の大地からは後に『神』と呼ばれる者が、暗黒の海からは後に『獄王』と呼ばれる者が同時に生まれた。

 

 それは、奇跡には違い無いが、この星が出来る前から定められていた事なのかもしれない。

 否、シェファという『存在』が『生命』を創り出す選択をしたからだ。

 

『神』は周りの物質を取り込みまた、『光』を放ちながら驚くべき速度で成長と突然変異を繰り返し、やがては独自の意志を持つようにさえなった。

『獄王』も同じように、暗黒の海の成分を吸収していったが、『神』とは違い、『闇』を増幅させながら『神』にも匹敵する速度で進化し、やはり独自の意志を持ったのだ。

 意思を持つ二人は、自らに名を付けた。それが、『エファロード』と『エファサタン』である。

 それでも、この時点では両者はお互いに干渉される事もなく『支配』などという知能までを発達させるには至らなかった。だが過剰な進化は、敵対を招くようになる。

 

 80億年後(20億年前)……

 神と獄王は究極ともいえる進化を遂げ、互いに異なる意志を持つようになった。その意志は支配欲も生み出し、対立は此処から始まることとなる。

 世界は、神の支配する大地と獄王の支配する海とに分かれた。

 星は温度を更に下げ、神と獄王以外の生命体も次々と誕生していく。大地には植物が生い茂り、海には多種多様な生物が生まれた。空は青く澄み渡り、海は美しく透明で空と同化するかのようだった。

 だが、知能を持っていたのは神と獄王だけだった。神も獄王も、単体で子を作ることが可能で、誕生してからの45億年間、他の生物に全く干渉されず20000回にも及ぶ世代交代と突然変異で、他の生物を遥かに凌ぐ知能と力を身に付けていたのだった。

 

 神と獄王は争った。

 

 その波紋は大地を裂き、海を割り、犠牲となった生物が世界を血で染め上げた……

 そして、数万年にも及ぶ戦いで神と獄王は力を削られ、その無意味さを知り争う事をやめた。その後、神と獄王は力のほぼ全てを用いて、星を……惑星シェファを3つの小惑星へと分割する。

 小惑星はそれぞれ『天界』、『中界』、『獄界』と区分され、『天界』は神が、『獄界』は獄王が統治する事となる。『中界』は『天界』と『獄界』の中間に位置し、緩衝帯としての役割を持つ不可侵領域とした。

 

 こうする事によって、神と獄王は距離を置き平和に更なる進化を遂げていく。

 

 その後、『天界』に『天使』が、『獄界』に『魔』が生まれ、長らく平和が続いたのは歴史に残されている通りである。そう、神が獄界に断り無く『中界』に『人間』を多量に創り出す迄は。

 

歴史に残っていない事がある。

 

 神、獄王……即ち、エファロードとエファサタンの『継承される記憶』の中でさえ封印されている事が。

 

 神と獄王。それが知能及び力に於いて究極の存在となり、争いを始めた時の事だ。

 

 ある『魂』が、肉体を求めて地上に現れた。その魂は、穢れ無く……透き通る程に無垢だった。

 そして、内に秘めた力は神を……獄王をも凌ぐ。

 

 何の為に現れたのか?

 

 それも、『存在』の選択である。星を破壊する程に力を付けてしまった、二人を止める為の……

 だが、二人はその魂が生まれる事を赦さなかった。生まれてしまえば、自分達の完全支配が失われるからだ。

『魂』は、生まれる前に……意思を持つ事すら認められず、神と獄王の力で『深獄』に封じ込められる事となる。そして今日まで、『魂』は虚ろな空間の中で命ある者を呪いながら、永遠にも等しい『封印』という重苦を受けているのだ。

 

 封印された『魂』はこれ迄に、12を数える。

 

 罪の無い魂を生まれる前に封印する事。しかもそれが、自分達の地位を不動にする為という赦されざる恣意。

 その罪悪感に苛まれ、ロードとサタンは『魂の封印』に関する記憶を封じ、再び『魂』が現れる時にのみ記憶を呼び覚ますようにした。

 

 そして、歴史を捻じ曲げた。

 

『深獄』は、神、獄王の力でも滅する事の出来ない、強大な『悪魂』を封印する場所。

 悪魂は肉体を持ち、星の中で凄まじい力を奮い……生命を破滅させようと目論んだ。だから、深獄へ堕とされて当然の魂。それを倒した神と獄王は、長きに渡って賞賛を集め続ける。無論、罵倒を受ける事は無い。

 これが、代々継がれる歴史となる。

 

 だが運命の歯車は軋み、狂気を生み出す。

 

 フィアレスはルナリートに対抗する為、深獄へ注ぐ力を弱めた。神と獄王が、自らの役割を完全に果たす事によって、辛うじて保たれていた秩序が崩壊していく……

 

 そう……封印されし、12の魂に動く隙を与えたのだ。

 魂は、深獄を抜ける事は出来なかったが、更に深く深く潜っていく。

 

 

 そして今……永遠と思われた夢と悲願の果てに、
魂は星(シェファ)の中心で
自分達を収める『器』を見つけたのである。

 

 

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