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 学校や畑などの主要施設は、住居よりも上層にある。上層にある方が、光を取り込み易いからだ。螢華が暮らす都市は、四十の空洞から成り立ち、一千万の人間を内包している。この国には二十の都市が存在しているが、各都市は離れている為交易は活発では無い。

 螢華は大学に着いた。この都市で最高峰の総合大学である。彼女は、入り口にある光る球体を一瞬見詰めた後に、講堂に向かった。この球体は虹彩認証を行い、不審者が大学に入らないようにする為のものだ。

 大学内の光源は、一割が太陽光、九割が人工の照明である。螢華は、昼休みや講義の合間にはいつも陽溜まりを捜している。

 彼女は、百人を収容出来る大講堂に入った。一限は、「植物学」の講義だ。前から三列目の定位置に座ると、直ぐに彼女の友人が隣に来た。ショートカットで、活発さが顔だけでなく全身に滲み出している女性だ。

「螢華、知ってる?」

「ん、何を?」

「今日から、植物学の教授が助手を連れて来るの」

「ふーん」

 それがどうかしたのだろうか? 教授が助手を連れて来るのは、別に珍しくない。でも、(りん)の目が輝いていると言う事は、何か嬉しい事があるに違いない。

「助手の人、格好いいのよ!」

「なるほどねー」

 余り興味が無いなぁ。と言うより、私は人を好きになった事が無い。誰かが格好いいと思う事はあるけど、その人に対して情熱的になったりしない。友達は皆、好きな人が出来ると心が熱くなると言うけど、私には解らないのだ。

 螢華は少しぎこちなく微笑みながら、黙って凛の話に耳を傾ける。螢華は、凛が人を好きになれない自分の事を気遣って、そんな話をしている事を知っている。凛は螢華に、誰かを好きになる素晴らしさを知ってほしいのだ。

 始業のチャイムが鳴り響くと同時に講堂のドアが開き、二人の男が入って来た。一人は初老の教授、もう一人が螢華と余り歳が変わらないように見える若い助手である。白衣を着た二人は教壇に立った。

「皆さん、おはようございます。今日は私の助手に講義を行なって貰う事にしました」

 教授が青年に目を遣ると、青年は頷いた。

(ゆう)()です。今日は宜しくお願いします」

 細身で、研究者の割には健康そうな肌色。穏やかな声。栗色の髪はサッパリと整えられている。聡明さと思慮深さが滲む顔は、凛の言う通り格好いい。周りの女の子達が彼に憧憬の眼差しを向けている。私は……、胸がときめいたりはしない。

 悠陽は、教壇の後ろにある空間にホログラム映像を映し出して、講義を始めた。最初に、光ファイバーと培養土を使った植物の栽培方法を手短に話した後、映像を切り替える。

「これが、現在私達が取り組んでいる研究の概要です」

 食用作物が数種類と、見た事の無い、棘のある植物が映し出されていた。

「この稲を見て下さい。これは、今までの稲よりも収穫量の多い新種です。私達の研究室で、遺伝子組み換えによって作出しました」

 講堂に、幾つも折り重なった感嘆の声が響く。

 凄いな……。元々稲は遺伝子が組みかえられていて、これ以上収穫量は増えないって言われてたのに。

 悠陽は、他の作物についても説明した後、未知の植物を指差した。

「これは、柊と言う植物です。かつてこの国に存在していましたが、現在では研究室以外では栽培されていません。食用としては価値が無いからです」

 全世界で、人間が生きていくのに必要な植物以外の栽培は、研究目的を除いて禁止されている。かつてこの星に存在した植物の殆どは、各国の「(しゅ)保存機関」に最小の構成単位で冷凍保存されているらしい。

 ホログラムの柊が拡大された。その瞬間、講堂がざわめき出す。

「柊の白い花です。研究室で種子から栽培しましたが、美しい、と私は思います」

 私もそう思う。可憐な花……。こんな花が地底に沢山あれば、どれ程嬉しいだろう。

「かつて、この世界は色取り取りの美しい花々や、多彩な樹木で覆われていました。その殆どが、現在では電子図鑑でしか見る事が出来ません。だからこそ、私達の研究室では食物の増産と並行して、失われた植物の復活を目指しています。限られた地底の資源に、負荷をかけないのが前提ですが」

 地底では、光も土も有限だ。幸いこの国は、ギリギリで自国の食糧を生産出来ているが、海外では不足している国が多い。だから、食糧にならない植物で環境に負荷をかけるぐらいなら、食糧を増産して輸出しろと言われるのだ。

 植物を効率良く育てる技術について説明した悠陽は、最後に鮮やかな花畑の映像をモニターに映し出した。赤に紫、黄色や青い花まである。

「これは、かつてこの国で一般的に見られた風景です。花や過去の風景に興味のある方は、是非この大学の図書館から、電子図鑑のデータベースにアクセスして下さい」

 本当に、あんな花畑がこの国にあったの? 放課後、絶対図書館に行こう。

 彼女の胸は、講義が終わっても高鳴っていた。
目次 第三章-3