第十八節 雫

 

「さぁ、出発だ!」

 三月一日、出発の朝。日が昇った瞬間、ハルメスさんがそう叫んだ。わたし達は既に出発準備を済ませ屋上に居る。昨晩に比べて随分と寒いな。

「行きましょう!」

 わたし達はハルメスさんの声に呼応する。その後、わたしは定位置に座った。そう、ルナの肩の上だ。彼の体温を感じられる、わたしの幸せな特等席。

「ルナ、頼むぜ。お前は……、最高の弟だ! そしてシェルフィア、お前は俺の娘だと思ってる。ルナを支えてやってくれ」

 ハルメスさんは俯き、右掌で顔を押さえながら光の翼を開いた。きっとルナとシェルフィアは気付かない。彼が何故今そうしているのかを。

「はいっ。ハルメス兄さん、貴方は、私に全てを教えてくれました。貴方は師であり、最高の兄です!」

「皇帝、行って来ます! どうか、ご自愛を!」

 シェルフィアは表情を曇らせている。彼女は薄々気付いているのかも知れない。

 

 ルナも翼を開き、わたし達は空へと舞い上がった。此処でわたし達は「転送」によって分かれるのだ。ハルメスさんが背を向けた。もう彼はわたし達を直視出来ないのだ。

「俺の心配は不要だ。お前達、何があっても……、前へ進むんだぞ!」

 彼は拳を高く振り上げた。それと同時に、「(しずく)」が朝陽を浴びて煌きながら落ちて行く。わたしだけがその意味を知っている。彼の涙の意味を。わたしも涙が溢れる。

 最後なのよ、ハルメスさんの姿を見れるのは。ルナにそう言いたくて仕方無い。

「兄さん、約束通り新しい世界でまた会いましょう!」

 ルナの言葉で、ハルメスさんは無言で頷く。その後彼は消えた。背中が目に焼きついて離れない。でも此処で立ち止まっちゃダメ。

「ルナー、私達も行きましょう!」

 

 贖罪の塔は、「レニー」から北に飛ぶのが一番早い。ルナは意識を集中し、わたし達三人をレニーへと転送させた。此処からは、地道に塔まで飛ぶしか無い。「転送」では、行った事の無い場所には行けない。到達点をイメージ出来ないからだ。

「ルナさんっ! 帰ったら、結婚式挙げましょうね!」

 塔へ向かう途中、シェルフィアが指輪をギュッと握り締めてそう言った。

「ああ、皆に祝って貰おうな!」

「はいはーい、ちゃんと祝ってあげるから頑張りましょうねー」

 ルナ、ごめんね。わたしはきっと祝えない。でも二人の幸せは誰よりも強く願ってるから、許して。わたしの選択は大好きなルナに幸せになって貰う事。その為にわたしは……

 

 正午を少し回った頃、わたし達は天高く(そび)える、神術に包まれた大理石の塔に辿り着いた。頂上は雲の上なので、様子を(うかが)い知る事は出来ない。塔の入り口は、オリハルコンの扉で固く閉ざされている。ルナが剣を構えて扉を破壊しようとすると、扉は勝手に開いた。

「開きましたね。行きましょう!」

 塔に最初に入っていくのはシェルフィア。それを追うようにルナが走る。

「おい、待てよ! 全く……、変わってないな」

「本当に。急ぎましょー!」

 この二人は、ずっと仲良くやっていけそうね。わたしは一人で何度も頷いた。




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