第十五節 英傑

 

 私の先祖、初代リウォル国王の日記にはこう書かれている。百年前の事だ。

「私はこの街に強大な軍事国家を造る事を決意した。その決意の元となった事件を此処に書き留めておく。

 リウォルの民なら、誰もが救世主ルナリート様の存在を信じている事は言うまでも無い。私の家族も当然、敬虔(けいけん)な信者だった。どんなに辛い日々でも、ルナリート様を信じていれば救われると教えられたものだ。

 ある日、街に大規模な魔物の襲撃があった。私の家は貧しかったが、ルナリート様への信仰はどの家よりも厚い。丁度その時、私は学校へ行っていたが、大して心配する事も無く家へ帰った。だが、父も母も妹までもが魔物に殺されていた。街の人々は、「信仰が薄かった」と言い、幼い私を納得させた。しかしそれを覆す事実が判明する。

 今回の襲撃では、私の家の周囲十軒の内、「ある一軒」を除いて皆殺しにされていた。その一軒は、魔物に「金品」を提供し、辛くも難を逃れたと言う。

 生死を分けたのは、「信仰」では無く「財」だ。私は将来家族を持つだろう。その時、自分の愛する者の為に、「財」を蓄えねばならない。そう決意したのだ。

 無心に働いた。誰よりも多くの財を得る為に。そして私は、国家を造った。国家に住まう者は皆私の家族だ。この国にはより多くの財が必要だった。その為にはどうするか? 貿易分野で競合するフィグリルを潰せば良いのだ。愛する家族を守る為に」

 私は日記を閉じ、謁見(えっけん)の間に向かう。今更現れた、英雄を追い払わねばならない。

 

 彼がルナリート……。銅像の姿と同じだ。先祖を狂わせた、忌まわしき存在。隣に居る女性は、銅像の女とは目元以外は似ていない。

「私は、リウォル国王ルーニオン。かつての英雄が現れるなど、到底信じられないが」

「それでもこれが事実。貴方が信じようが信じまいが」

 王に対する敬意は無いらしい。彼が本物なら、何故二百年間姿が変わらない?

「それで……、『ルナリート様』が何故此処に?」

 声を(とが)らせて訊いてみた。すると、隣の女性が私の前に出て来る。

「単刀直入に言わせて貰います。三ヶ月後、人間達は皆殺しにされます」

 言葉通り、何の前置きも無い。だが、そんな突飛な話を誰が信じる?

「はははっ! 何を言うかと思ったら……。馬鹿馬鹿しい」

 周りに居る兵も私と共に笑う。当然だ、この王国は年々武力が増している。魔物に対抗出来る兵器も増えた。なのに、突然滅ぼされる筈が無い。

「ルーニオン、これは紛れも無い事実だ。貴方は人間の王、人間を守るのが使命だろう?」

 呼び捨て……。それより、ルナリートの目は本気だ。嘘を言っているようには到底見えない。事実だとしたら。

「本当なのか?」

「ああ。そもそも私や、皇帝ハルメスは人間じゃ無い。別の世界から来た者だ。その私達が人間の為に戦うのに、貴方は何もしないのか? 事の重大さを知るんだ」

 成程、皇帝の使いで来たのか。私を懐柔(かいじゅう)する為に。論外だ!

「フィグリルもハルメスも宿敵。皆の者、この二人を捕らえよ!」

 百名程の兵が、ルナリートと女を取り囲む。だが全員が弾き飛ばされた。街中で我が軍の集中攻撃を受けても無傷と言うのは事実らしい。

「ルナさん、私に任せて下さい」

 女がそう言った直後、私とルナリート、女を囲む炎の壁が床から発生した。厚く、高い壁。これでは、兵が私に近付く事さえ出来ない!

「わっ、私をどうするつもりだ!」

 何が英雄だ! 礼儀も知らず、暴力に訴えるだけの者が。

「手荒で済まない。だが落ち着いて、私の話を聞いて欲しい」

 どうやら私を殺すつもりは無いらしい。この状況では話を聞くしか無いだろう。

 

 途中までは半信半疑だった。だが話を全て聞いた上で、これだけは言える。彼は一切嘘を()いていない。彼の目、声、話し方、辻褄の合う話、いずれも信頼に値するからだ。

 ルナリートとハルメスは、元天使で人間の為に戦ってくれている事。ルナリートが百年前に、私の先祖を救えなかったのは、長い眠りに就いていたからである事。そして三ヵ月後、この世界は天使と魔物の総攻撃に晒される事が理解出来た。

 財の為に、フィグリルと争っている場合では無い。だが、百年続いたこの戦争を即座に終わらせるのは無理だ。一週間、否、最低でも二日は掛かる。

「国王として、貴方の話を信じよう。明後日には、戦争の終結宣言を出す」

「人間の王も、なかなか見上げたものじゃないか。宜しく頼むぞ」

 英雄は、私に握手を求めて来た。即座に、彼の手を握る。後一つ、この場でやらねばならぬ事がある。

「シェルフィア殿、貴方の両親の事は申し訳無かった」

 私は彼女に深々と頭を下げた。家族を奪われた傷は癒えない。だが、少しでも遺族の気が晴れるなら、私は王としてでは無く、人として謝ろう。

「いいんです。もう戦争は終わりですから」

 彼女は微笑みかけてくれた。救われた気持ちになる。もう、人間同士の争いなど私は二度と起こしはしない。そう誓った。

 私は明後日の終結宣言までの間、二人に最高の客室を提供する事を申し出る。二人は快諾してくれた。さて、明後日まで目の回る忙しさだな。だが私の心は晴れ晴れしていた。先祖も、私の決断を認めてくれるだろう。財への執着は終わりだ。




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