第五節 (しゃっ)(こう)

 

「うぅ……」

 意識を失ってから、どれだけの時間が流れただろう? 薄目を開ける。此処は獄界だ、私はそう確信する。重く(よど)んだ空気で呼吸が苦しく、全身が鉛で塗り固められたかのように重いからだ。獄界は、全てが暗黒に包まれていると思っていたが、実際は違う。見渡す限りが「鮮血色」の世界だ。大地も空も。私とリバレスは熱砂の上に倒れていた。

「うーん……。ルナー、大丈夫?」

「ああ。だがこの世界は、呼吸するだけで体力を奪われる」

 遠景が歪む程の熱気、押し潰されるような重圧感。この世界は私達を拒絶している。

「うん、わたしも体が重くて上手く飛べないみたい。……あっ」

 よろめきながら宙を舞うリバレスの視線の先、其処には「真紅」の元があった。

「暑い訳だ」

 熱砂の周りを溶岩の海が囲んでいる。血を煮え(たぎ)らせるように。溶岩と逆の方向を見ると、地平線すら見えない砂漠と岩山。獄王は「闇の海」の近くに居る筈だ。砂漠の向こうは、溶岩の方角より暗い。だから私達は、砂漠と岩山を越えていかねばならない。

「元の世界には戻れそうも無いし、頑張りましょー!」

 リバレスが元気一杯に声を上げ、私は強く頷く。近くに魔の気配が無い事を確認し、私達は食事を摂った。この先、いつ休憩出来るか解らないから。

 

 熱砂の上空を飛び続けて六時間。ようやく辺りが、暗くなり始めた。獄界の中枢へ近付いている証だ。溶岩の海はもう、薄明かりでしか確認出来ない。

 渾身(こんしん)の力で翼を震わせる。この世界に来て二十二時間が過ぎた。

「(大分暗くなって来たわねー。溶岩の明かりは殆ど見えない。それなのに、下にあるのは最初と変わらず砂漠と岩山だけ……)」

「仕方無いさ。獄界の構造など、天界の者は誰も知らない。私達が出来るのは、暗黒に向かって進む事だけだ」

 獄界に来てから一度も魔に遭遇していない。お陰で食事や休憩が思う通りに出来た。魔に遭遇しないのは、恐らく今私達が通っているルートが通常のルートでは無いからだ。魔はもっと楽な道で冥界の塔へ行ける。事実、ファングは私達と共に居なかった。

 更に二十四時間が経過した頃、眼下の景色が豹変する。




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