§エピローグ§
夏が終わろうとしている。真夏の陽射しが和らぎ、涼しい風がミルドの丘をそっと包み込む。丘の上には、少女のあどけなさを残しながらも確実に大人へ近付いている女性が、一人手を合わせ空を見上げている。
斜陽が彼女の赤い髪を照らす。それは、まるで炎のようだ。その色は、彼女の芯の強さとぴったり符号している。
彼女は静かに、潤んだ瞳で空に浮かぶLunaを見ていたが、やがて微笑みを湛えて口を開いた。
「お父さん、お母さん、お元気ですか?あの日から星には争いも無く、皆毎日一生懸命生きています。最初は、人間と魔の間で険悪な雰囲気があったけど、ジュディアさんとキュアさんのお陰で上手く纏まってる。あの二人は凄いわ。わたしも少しはお手伝いをしてるけど」
遠い両親への報告は彼女の日課だった。いつもはベッドに入って眠る前に、心の中でその日の出来事を話している。丘の上で思いを言葉にするのは、胸が一杯になった時なのだ。
「私は今年で17歳になったの。そう、あれから7年が経ったわ」
長い長い7年だった。リバレスだった時から、わたしはルナとそんなに長時間離れた事は無い。
気丈に振舞っても、最初は寂しくて寂しくて寝る前は毎日泣いていた。
でも、お父さんとお母さんの記憶が整理されるにつれて、寂しさは消えていったの。本当に大事な事に気付いたから。
「わたしは寂しく無い。Lunaで大好きな二人が、いつもわたしを見守っていてくれるから。夜にLunaを見上げれば、二人の存在を感じられる。目を閉じれば、二人の顔を思い出せる。耳を澄ませば、声が蘇るわ。そして、お父さんとお母さんに貰ったこの体と心は、今も強く元気に生きてる。わたし自身が、二人がいてくれた証だもんね」
それでも、不意に悲しみが心を満たす時がある。
そんな時は、涙を我慢しないようにしてる。涙が悲しみを流してくれるから。
「あれっ?」
彼女は不意の出来事に驚いた。まだ夏の終わりだというのに、キラキラと蒼白く輝く光の粒が舞い落ちてきたからだ。
溶けない粉雪、彼女の為だけに降る。
「もう……。此処に来る時は泣かないって決めてたのに卑怯よ」
二人からの贈り物。永遠の心が消えていない証……
いつでも、わたしを見てくれてるのね。やっぱりわたしは……
「お父さん、お母さん、ずっと愛してるわ。そして、この星とLunaによって生まれてくる生命……。みんな大好き」
彼女は涙を拭い、しっかりとLunaを見据える。そして、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
その声は星を越え、Lunaに響き渡る。Lunaは蒼さを増し、声に応えた。
白い粉雪が世界中に降り始める。『彼女』もまた生命を祝福しているのだ。
この星の生命、生命を支えるLuna。
その未来が幸せに包まれていますように。