シェルフィアとリルフィの大きな瞳からは、涙が止め処なく零れ落ちている。私も、目の前が霞む。だが、私は涙を拭った。リルフィに伝えるべき言葉があるからだ。
「リルフィが望むなら、転生しなくても構わない。ずっと魂界に居ていい。でも、これだけは言わせて欲しいんだ。リルフィは、リバレスの頃から私達の幸せの為に生きてきた。自分の幸せを追求する事も無く……。生きる事は不幸な事ばかりじゃない。生きていたから、私はフィーネに、シェルフィアに会う事が出来た。だから、リルフィがリルフィで居る内は一生懸命生きて欲しい。その温かな心を自分自身に向けてあげて欲しいと思う」
リルフィは俯き、口を一文字に結ぶ。涙を堪える。そして、力強く手の甲で涙を拭って顔を上げた。
「解った。弱気になるのは、わたしらしくないもんね。お父さんとお母さんがくれた命、大切にする。一生懸命生きるだけ生きたら、魂界でわたしを呼んでね。二人から貰った記憶も心も絶対に忘れない」
私はリルフィを包んだ。家族三人、触れ合う事は出来なくとも、その想いは何も変わらないのだ。
「リルフィありがとう、約束する。私も永遠に忘れない。大好きだよ」
私は彼女の瞳を見詰めた。彼女もまた、私を見詰め返す。私達の間でもう言葉は要らない。二人同時に頷いた後、私はシェルフィアに視線を合わせた。
「シェルフィア、君の向こう見ずな所を久々に思い出した。そして、君の私を想う一途な想いと優しさは、何を言っても変えられない事を私は誰より理解してる。新しい世界創りは大変だと思うけど、君が居れば何とかなると思う。ずっと……支えて欲しい。誰よりも愛してる」
私の言葉を聞き、彼女は穏やかでいて力強い微笑みを浮かべる。
「うん、何があってもルナさんを助けていく。だから心配しないで。私も貴方を愛してるわ」
彼女はそう言うと、粉雪のように姿を変え私の中に消えた。
朝陽が昇り始める。時間だ……
「(ルナリート、行こうか)」
「(ああ)」
フィアレスが剣の形を止め、エネルギーの粒子となり私と同化する。その様子を、子供を抱き締めながら見守るキュア。
「(名前は決めてやったのか?)」
「(勿論だ。君が上手く魂界を創って、話をする余裕が出来たら教えてあげるよ)」
「(了解)」
私は微笑んだ。全ての生命の為に、リルフィの為にも必ず成し遂げてやる。シェルフィアも傍に居る、一人じゃない。
巨大な光の翼、私はそれを出現させた。
果てしない長旅になるからだ。
『柔らかな光』を浴びながら、
『今を生きる』者と全ての魂の『心を受けて』、
私は『Luna』へ。
飛び立つ前に、私はこの星の皆へ最後のメッセージを送る。
「私は、Luna(月)に新たなる魂の世界を創る。死せる者には安らぎを与え、愛し合う者の間には新たなる生命の息吹を吹き込む為に。生きるには苦難が付き纏うだろう。だが、生きるからこそ輝きに満ちた喜びを享受する事が出来る。懸命に生を駆け抜けよ。愛する者と共に」
私は地面を蹴った。その時、リルフィの声が響いた。元気に満ち溢れた声が。
「お父さん、お母さん行ってらっしゃい!」
眼下に見える彼女に手を振り、私とシェルフィアが同時に声を発する。
「行ってきます!」
どんどん地面が遠くなる。
だが、全ての生命の祈りの声は途切れる事無く谺する。人間、元天使、魔、動物、植物……。希望に溢れた、感謝の祈り。
雲を超え大気が無くなっても、まだ生命の声は止まらない。
月がどんどん大きくなる。周りは果てしない宇宙空間。それはまるで、無限の黒い海に無数の光の粒を鏤めたかのようだ。その粒の一つが、惑星シェ・ファであり、月であり、S.U.Nなのだ。何と言う広大さ、私は眩暈を覚えた。そして、何の気無しに後ろを振り返る。すると……
「これが私達の星……。鮮麗でいて完璧な造形美だ。海の蒼と陸の翠の調和、輝く雪の白とS.U.Nに照らされていない部分の闇。この壮麗さは、周りのどの星とも一線を画している」
私は驚嘆の吐息を漏らした。同時に、この星で生きた事への誇りで胸が一杯になった。
間も無くLunaに辿り着く。
生命の絶滅的危機は去った。
途方も無い犠牲を払って……
私のエネルギーとなった魂、それが再び完全な姿に戻るには
想像を絶する時間がかかるだろう。
私(Luna)の中には、無数の記憶と心が散在している。それを整理し、再びエネルギーを注がなければならないからだ。
たった一つの生命は脆くとも、
心を持ち愛する者と結束すれば何処までも強くなれる。
数千年、数万年、数億年の時が流れて、私の存在を忘れてしまったとしても、その事だけは忘れないで欲しい。