「うぅ……フィアレス様」
我慢出来なくなったのだろう。彼女から嗚咽が漏れ出した。
「だから、心配いらないよ。僕は第23265代獄王だ。平和の中で安穏に暮らしているルナリート如きに負けたりしない」
僕はそう言って、心の底から僕の身を案じてくれるキュアを抱き締めた。恋愛感情……ではないと思う。唯、僕の事をそこまで想ってくれる者が悲しんでいるのを少しでも和らげたかったからだ。
かつて、僕はルナリートに対して「愛ってよくわからないけど大事なの?」と訊いた事がある。その時、ルナリートは躊躇いなく「当たり前だ」と答えた。自分を心から想ってくれる者に対して、自分も大切に想う事が愛だと言うのであれば、ルナリートの意見は間違っていない。僕は今ではそう思える。
「フィアレス様ぁぁ!」
僕は彼女が落ち着くまで、髪と背中を擦りながら抱き締め続けた。
その後、僕は獄界の魔に今後の方針を伝えた。人間界を魔の世界にする、それは獄界に生きる者全ての悲願である。かつての神が中界を人間界に変えた時から……否、魔が獄界に生まれた時からかもしれない。獄界を埋める無限の溶岩の明かりではない、S.U.Nの光を浴びたいと願い続けていたのだ。だから、僕の考えを聞いた魔は皆歓喜の声を上げてそれを受け入れた。
そして、僕は半年後に単身で人間界に行く事を決めた。人間界と獄界を繋ぐ『獄界への道』はハルメスによって破壊され、通常の魔は人間界に行く事は出来ない。正確には、獄界から人間界へ『転送』できる程の力を持つのは僕しかいないという事だ。それに、僕以外の者が行った所で神を継承したルナリートの前では戦力にならないのは明白だ。何より……キュア達、自分の同胞を傷付けたくは無い。
半年間僕は自分に、断罪の間での過酷なトレーニングを課した。10年間動かなかった体の動かし方を思い出し、継承した力を使いこなす術を身に付ける為に。魔術、神術、剣の使い方……あらゆる戦闘を、自分の影(力の一部を分け与えた分身)と行った。ルナリートを除いて、対等に戦える相手がいない以上、影と戦う事が一番効率的だからだ。
こうして僕は、殆ど眠らずに精神を集中して自分を鍛え上げた結果、研ぎ澄まされた体の感覚、戦闘センスを獲得し、獄王としての強大な力を使いこなせるようになった。これで、ルナリート……いやエファロードには負けない。確固たる自信を胸に、僕は再び皆の前に姿を現した。
〜信念を胸に〜
ここは、獄王……僕の宮殿のバルコニーだ。眼下には数万、数十万……いや数百万の魔が集っている。そう、僕の出発を見送る為だ。