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書店には、書籍検索用の端末があり、気に入った書籍があれば購入して個人の端末にダウンロードする。ダウンロードした書籍は、携帯端末で見れる他、ホログラム投影装置に接続して本として空間に表出させる事も出来る。
螢華は、「向日葵の墓」の絵が載っている書籍を検索したが、見付からなかった。店主に聞くと、この店は美術関連の書籍は取り扱っていないので、他で捜してくれと言われた。
過去に電子化された書籍は、膨大な量である。また、現在でも電子書籍は出版され続けているので、データベースは肥大化の一途を辿っている。書籍を効率よく検索する為に、データベースは細分化され、この店からは「大衆書籍」のデータしか検索出来ない。専門書を入手するには、専門書に強い書店に行かねばならないのだ。
螢華は、溜息を吐きながら店を出た。疲労と空腹感が急激に押し寄せて来る。
はぁ……。お腹が空いた。でも、音楽以外の事にこんなに熱中したのは初めてだ。今度、大学が休みの日にでも別の書店に行こう。
下層に降りるエレベーターが見えて来た。それに乗れば、家はもう直ぐ其処だ。螢華は何気無く、エレベーターを待っている人を見た。遅い時間なので友人は誰も居なかったが、一人だけ知っている人が居た。一瞬声を掛けるのに躊躇したが、今日の出来事を思い返して挨拶をする事にした。
「悠陽さん、今晩は! 今日の講義を聞いて、早速電子図鑑を見ました」
怪訝な表情を浮かべている。そうか、私が彼を知っていても、彼は私の事を知っている筈が無い。
「君は……」
「音楽科の、螢華と言います。今日の一限、植物学の講義に出席していました」
「ああ、学生さんか。俺の初講義で、植物に興味を持って貰えたみたいだね」
一瞬、年上とは思えない程、人懐っこく純粋な笑顔を私に見せた。講義の時の厳粛な雰囲気は全く無く、つられて私も微笑んでしまった。何となく顔が熱い。きっと、私に花の美しさを教えてくれた人だからだろう。
「はいっ! あんなにも沢山、綺麗な花があるなんて知りませんでした。世界が、あんな風に自然に包まれていれば、きっと皆幸せだと思います」
「俺もそう思う。だから毎日の研究に熱が入るんだ。ところで、図鑑の中でどの花が一番気に入った?」
どの花もそれぞれ美しかった。でもやはり一番は……
「向日葵です」
私がそう言うと、彼は何かを考えるように俯いた。何かまずい事を言っただろうか? まさか、向日葵を知らないと言う事は無いだろう。
「向日葵は、俺も一番好きな花なんだ」
「そうなんですか、良いですよね!」
螢華の言葉に、悠陽は二度頷いた。それから直ぐにエレベーターが来て二人は乗り込んだ。乗客が沢山居たので、言葉を交わす事も無く、螢華は悠陽に一礼して自分の家がある階層で降りた。
悠陽は、エレベーターの戸が閉まるまで、螢華の背中を見詰めていた。