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国立の美術館で開催される授賞式に、緋月は家族と真を招いた。大勢の前で表彰されるのは気恥ずかしいが、自分の描きたい絵に近付けたという実感が沸いた。
この日の為に買った、上等なスーツを着た緋月が名前を呼ばれて壇に上る。彼が名前を呼ばれたのは、他の全ての受賞者の表彰が終わった後だった。
会場に響き渡る拍手が緋月を包む。彼が壇を下りると、一人の美しい女性が赤い薔薇の花束を抱えて近付いて来た。緋月は、これも受賞式の一部かと思い気に留めず花束を受け取ったが、その直後驚きの余り花束を落としそうになる。
「舞苺!」
「緋月君、おめでとう。話は後で……、ね」
緋月は、周囲の人間が此方に注目しているのに気付き頷く。そして、自分の席に戻った。
まさか舞苺が来ているとは……。十三年振りに見たが、変わっていなかった。それより、何故此処に来れたのだろう? この賞自体は有名だから、舞苺が知っていてもおかしくは無いが。否、この会場に入り花束まで用意しているぐらいだ。誰かに招待されたのだろう。
授賞式が終わり、緋月達は祝賀会場へと向かう事になった。真と舞苺が話をしながら、緋月の元に歩いて来る。それを見て、緋月はおおよその事情を理解した。
「緋月、おめでとう! まぁお前の事だ、此処に彼女が居る訳を一から説明する必要も無いよな」
「ああ、二人共ありがとう」
「緋月君、ごめんなさい。貴方の晴れ舞台、どうしても見たくて。迷惑かも知れないと思ったけど、此処まで来たの!」
舞苺が俯く。緋月は怒る事も無く、微笑みながら舞苺の肩をポンッと叩いた。
「迷惑なんかじゃ無い。嬉しいよ、ありがとう」
君が居なければ、恐らく今の俺は無かった。君が俺に、雪那の大切さと、懸命な生き方を教えてくれたと思っている。
俺が生きる答を見付けた事は、真から聞いているのだろう。そうで無ければ、真は此処に舞苺を呼んだりしない。舞苺は、俺が雪那の事を受け止めて新しく歩み出した時には直ぐに駆けつけると言ってくれていた。その約束を、あれから十年以上も過ぎているのに守ったのだ。彼女は、結婚指輪を付けてはいない。今も俺を思ってくれているのだろう……
だが、俺は雪那との約束を果たしていない。それに、これから「もっと忙しくなる」のだから、舞苺を受け入れる事も、待たせる事も出来ない。
「真、話がある。舞苺も聞いてくれ」
緋月は笑みを消し、二人の目をじっと見据える。真も舞苺も、その真剣な目を見て身構えた。
「俺は、今の業務が終わったら会社を辞める。画家として独立するんだ」
刹那の沈黙の後、先に口を開いたのは真だった。
「そうだろうと思ってたぜ。独立するんだから、今まで以上に頑張れよ!」
真が何処か寂しげな笑みを浮かべながら、緋月の背中を叩く。緋月も申し訳無さそうな顔をしたが、強く頷いた。十三年共に働き、語り合って来た仲だ。二人に言葉は必要無かった。そして、緋月と舞苺は見詰め合う。
「舞苺、もしまだ俺の事を――」
緋月が其処まで言うと、舞苺は右手を広げて緋月の口の前に突き出して制止した。
「待って、それ以上言わないで。私は自分で生き方を決めるの。緋月君も、自分で見付けたでしょう?」
それもそうだ。俺が説得して、舞苺の考えを変えさせるのは、俺の自己満足に過ぎない。例えそれが、第三者から見て彼女の幸せに繋がるものであったとしても。
舞苺が自分で納得する生き方をして、それで彼女が幸せと思えるなら、俺が口を挟む余地は無いのだ。だが、これだけは言わなければ。
「舞苺、生きたいように生きろよ」
「うん」
舞苺は、学生の頃よりも妖艶で華のある微笑みを見せた。緋月は頭を掻いていたが、真に促され祝賀会場へ再び歩き出した。