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緋月を玄関まで見送ると、雪那は直ぐに自室に駆け戻り窓のカーテンを開けた。緋月が窓に向かって手を振っている。彼女も、繰り返し手を振った。
あーあ、緋月が帰っちゃう。どうして夜は来るのだろう? ずっと昼間なら、緋月と離れなくてもいいのに。家が隣でも夜は会えないから、緋月がとても遠くへ行ってしまった気がする。毎日変わらず朝は来て、緋月は何処にも行っていないけれど、夜になるともう二度と会えないんじゃないかって、不安になる。もう直ぐ十八歳になるんだから、こんなに寂しがっちゃいけないのは解るけど、この気持ちはどうしようも無い。
緋月が見えなくなった後、テーブルの上に置いた携帯電話を手に取り、雪那は自分のベッドに寝転がった。もう直ぐメールが来るのは解っているが、彼女は二度メールサーバーのセンターに、新着メールの問い合わせを行なった。
「ピリリリ……」
着信音が鳴り終える前に、雪那はメールの画面を開く。
「無事、家に帰ったよ。ゆっくり休めよ、お休み」
雪那の表情が和らぎ、彼女は起き上がった。そして直ぐに、返信を書き始める。
「お帰り! 緋月もゆっくり休んでね。また、明日も十時から畑で練習よ。遅れないように! 緋月、大好き」
彼女は頬を朱に染めながら、メールを送信した。携帯をテーブルに置き、再び窓辺へと歩く。窓の向こうに見えるのは、明かりの灯った緋月の家、真っ暗な向日葵畑、街灯に照らされた、二人の家の前を通る道路。向日葵畑を挟み、道路の反対側には緩やかな流れの川がある。川は、輝く月光と数多(あまた)の星を映し揺らめいている。
雪那は、じっと川を見詰めて溜息を吐いた。
「夜は嫌い。緋月に会えないし、怖い夢を見るから」
時折見る怖い夢。その夢は、怖い人間や出来事に襲われる夢じゃ無い。余りにもリアリティがあって、生々しくて、夢の出来事が本当に自分が経験した事のように感じるから怖いのだ。例えそれが、この現実世界には存在しない光景であっても。そんな夢を見て起きた時は、自分がこの現実に居る事を不思議に思ってしまう。夢の中の自分が本当の自分で、現実の自分は違う自分のような気がするのだ。
やめよう。最近は変な夢を見る事が少なくなった。何より緋月が傍に居てくれるし、大学に入っても一緒だから、何も怖がらなくていいんだ。
雪那は窓から顔を出し、外の空気を思いっ切り吸った。天空を見上げ、向日葵畑に目を落とし、川のせせらぎに耳を澄ませる。
「星も向日葵畑も川も……。何を見ても緋月との思い出で一杯」
彼女は小さくそう呟いて、大きな瞳をゆっくりと閉じた。
「あの時、緋月が私を助けてくれていなければ、こんなに寂しい思いはせずに済んだのに」
解ってる。寂しいのは、それだけ緋月を想っているからだ。緋月の事を想わない自分なんて考えられない。けど、あの出来事が無ければ今の私がどうなっていたか解らない。
彼女は、右手の親指の爪を唇に当て、そっと吹く風に身を委ねながら、彼と過ごした時間を思い起こす。