Epilogue
心、それは自分を強くするもの、そして時に脆(もろ)いもの。人は一人では孤独だ。だから心を持ち、誰かと寄り添うのかも知れない。「永遠の心」、それを持つ事が出来た私は幸せだ。
リバレス、兄さん、父さんと離れてからもう二年の歳月が流れた。天界は人間界と同化し、天使達も力を失いつつある。人間界は、兄さんに代わって私が治める事になった。
初夏の陽射しが降り注ぐフィグリル城。その玉座に私はそわそわしながら座っている。
「皇帝、ミルドを治めているセルファス様とジュディア様がお見えになっておりますが、如何致しましょう?」
「ああ、通してくれ」
私はフィグリル皇帝となり、セルファス達には主要な街を守って貰っている。兵が走り、二人を招き入れた。二人の顔を見る限り、相変わらず元気で仲良くやっているみたいだな。
「ルナ、久し振りだな。と言っても、一ヶ月振りだが」
「おめでとう! 主役のシェルフィアの姿が見えないみたいだけど?」
二人共、随分気が早い。私は俯いて照れ隠しに頭を掻いた。
「そろそろ……、だから今はゆっくり休んで貰ってるんだ」
二人が顔を見合わせ頷く。その直後、もう一人見知った友が駆け込んで来た。
「ルナリート君、おめでとうございます!」
「まだ早いよ、ノレッジ! 皆も、今日はこの城でゆっくりしていってくれ」
自分の顔が火照っているのが解る。三人共、笑いながら客室へと向かった。
「さてと……、シェルフィアの所に行かないとな」
私は王座を離れ、寝室へと急いだ。
「ルナさん、心配掛けてごめんね」
シェルフィアが目元を潤ませながら私の手を握る。この二年で彼女はもう敬語を使う事は無くなったが、「ルナさん」だけは直らない。
「気にする事は無いさ。シェルフィアはゆっくりしていればいいよ」
「うん……。でも、今日はずっと此処に居て欲しいの」
私は頷き、彼女の頬にキスをする。彼女は不安なのだ、初めての事だから。彼女の髪をそっと撫で、幾度も励ましている内に、彼女は眠ってしまった。穏やかな寝息と共に。
夜が訪れ、私は風に靡(なび)くカーテンを開いた。仄かな月明かりの下、彼女の手を握る。
「ルナさん……、うっ!」
突然、シェルフィアが呻(うめ)き声を上げた。遂に待ち焦がれた瞬間が訪れるのか?
「シェルフィア、大丈夫だ。頑張れ!」
ギュッと手を握り締めた後、私は待機していた数名の女性を呼んだ。その後は彼女達の邪魔をせぬよう、傍で見守っているしか無い。気が遠くなるような時間が過ぎて行く。
朝陽が昇り始め、光が窓から零れ出した。その時、新しい生命の声が世界に響く。
「おぎゃあ、おぎゃあー!」
私とシェルフィアに待望の子供が生まれたのだ。可愛い女の子……。長い歴史の中で、エファロードと人間との間に生まれた最初の子だ。
「シェルフィア、よく頑張ったな。ありがとう!」
私は思わず涙を零した。だがシェルフィアは、喜びに満ち溢れた最高の笑顔だ。
「永遠の心が、形になって現れたの。大切な大切な宝物、ずっと一緒に育てていこうね!」
私は泣きながら何度も頷く。愛しくて仕方が無い、シェルフィアも我が子も。助産師の女性が、我が子に柔らかい布を着せてシェルフィアに抱かせた。シェルフィアは微笑みを
絶やさずに、優しく擦っている。
「私にも触らせてくれよ」
そう言って、私は自分の子に触れた。今にも溶けそうな程柔らかい。そして、とても不思議な気持ちになった。私はもう父親なのだ。
「リルフィ……」
シェルフィアが、私の耳にそっと囁いた。一体?
「この子の名前よ。ずっと……、考えていたの」
彼女は私の方を見てニッコリ笑う。もう名前を考えていたんだな、私には内緒で。少し驚いたが、嬉しい。それにその名前は……。念の為訊いてみるか。
「いい名前だな。でも、その名前の由来は?」
「それは、自分で考えて下さい!」
彼女は少し脹(ふく)れている。やはり思った通りか。私は彼女の耳に、答えを囁く。
「……当たりー! やっぱりルナさんっ、大好き!」
シェルフィアが私の頬にキスをした。周りに大勢の人が居ると言うのに……。きっと、私の頬は夕陽よりも紅く染まっている事だろう。
「おめでとう!」
皆が祝福してくれる。
もう「悲劇」は終わったのだ。後は幸福に生きるだけだ。「永遠」と共に――