第七節 蕩揺(とうよう)

 シェルフィアが倒れてから、もう直ぐ一日。窓の外は冬の短い夕紅に染まっている。

「う……、うぅん」

 彼女は声を漏らし、体を捩(よじ)った。私は握った手を放し、立ち上がる。

「シェルフィア……、否、フィーネ!」

「……ルナさん」

 少し衰弱した顔で微笑む。その笑顔にはフィーネが重なった。戻って来たのだ! 私は彼女をゆっくりと抱き起こした。彼女の温もりが、じんわりと伝わって来る。

「……不思議な気持ちです。私の心の中には、フィーネだった自分と、シェルフィアとしての私が同居しているんです」

「記憶……、ううん、心は戻ったんじゃないのー?」

 リバレスがシェルフィアの顔を覗き込む。彼女も、私と共にベッドの傍に居たのだ。

「……とても切なく、悲しい、そして強いフィーネの心は私と共にあります。でもそれが私の全てではありません。私達は二人で一つだから」

 解っていた事だが、彼女はフィーネと完全に同じでは無い。それに、シェルフィアは決してフィーネの代替(だいたい)でも無いのだ。私はどう接すれば良い?

「ルナさん、そんな顔をしないで下さい。フィーネとしての私が大好きだったルナさん、シェルフィアとしての私が出会ったあなたは、もっと気高く優しい顔ですよ。心配は要りません。これは……、私の心の問題だから」

 シェルフィアはそう言うと、私の頭をそっと撫でた。まるで母親が子供をあやすように。私は、自分でも気付かぬ間に泣いていたのだ。何を迷う? 彼女は此処に居る。

「思い出して下さい。私が『心』を失いかけたら、何処へ行くのか?」

 彼女の茶色の瞳。其処にはフィーネの光がちゃんと輝いている。行くべき場所は唯一つ。永遠の約束の場所。

「ああ、行こう。ミルドの丘へ!」

 頷く彼女の手を引き、私達はバルコニーに立つ。間も無く日が沈むだろう。だが次に日が昇る頃には、私達は必ず二人で歩み出そう。

 二人は手を固く繋ぎ、フィグリルから姿を消した。今こそ約束を果たす為に。

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第八節