第二十四節 始終
眠るルナを五人が囲んでいる。彼の目覚めを待ち、何度も呼び掛けながら。そして精神エネルギーを彼に注ぎ込みながら。やがて、彼は薄目を開けた。
「良かった、気付きましたね!」
シェルフィア……、だけじゃない。リバレス、セルファス、ノレッジ、ジュディアが私を見ている。
「そうか……、皆で私を治癒してくれたんだな」
私は皆の目を見る。一様に頷く五人。
「ルナ、お前を回復させるのは大変だったぜ! 皆ヘトヘトだ」
セルファスが私の肩を叩く。私は嬉しかった。先刻まで敵だった三人が此処に居る事が。
「済まないな。セルファス、ノレッジ、そしてジュディア。私達は今から神の元へ向かう」
私は立ち上がりながら三人に微笑む。
「ルナリート君、僕達はこの先で何が起ころうとも、君の選択に従う事にしたんです。だって君はエファロード、いいえ、友達だから!」
「ありがとう。私もお前達の事を信じる」
差し伸べた私の手を三人は固く握った。
「ルナ……、本当にごめんなさいね。私が昔貴方に苦しみを負わせた分、いいえ、それ以上に貴方達を助けるから!」
「ああ。この戦いが終われば、皆元通りの友達だ。行ってくる!」
目尻に涙を浮かべるジュディアを背に、私とシェルフィア、リバレスは歩み出した。
「良かったわねー!」
リバレスが耳元で囁き、私の顔の周りを飛び回る。私は頷き、シェルフィアと手を繋ぎながら階段を一段飛ばしで駆け上がる。早く、無益な争いを終わらせよう。
「此処は……?」
「真っ暗ねー!」
シェルフィアとリバレスが声を漏らす。無理も無い、第二階層は何の光も無い闇だ。後ろを振り返っても階段は消えており、近くに居る二人の姿さえも見えない。
「これがエファロードの力だ。空間を自在に操る事が出来る」
「どうやって先に進めばいいんですか?」
シェルフィアの怪訝(けげん)な声が聴こえるが、私の中にはその答えがある。神の記憶だ。
「石版を探すんだ。それを読めば、自動的に上層に転送される筈だ」
「でも、何も見えないわよー!」
尤もだ。明かりを付ける事が先決。石版を捜す事は記憶にあっても、石版の在(あ)り処(か)までは思い出せないのだから。私は空間を照らす為に、究極神術「神光」を放つ。だが消え掛けの松明のような光が一瞬灯っただけで、空間は暗いままだった。
「封印の間は、エファロードのみが進む事を許された場所だとすれば……」
私は目を閉じ、自分に眠る全ての力を解放する。そして創始の神術「光」を発動させた。その直後、目が眩む閃光が闇を切り裂き、後には真っ白な床と石版が残った。私達は、恐る恐る石版に近付く。其処に書かれていたのは、「神だけが読める文字」だった。
「ロード、サタンは一代で約三十三万年生き、死の直前に『子』を遺す。子は、親の死と同時に全ての力と記憶を継承するが、親の死よりも前に『第四段階』までは覚醒する事がある。子は親の複製であるが、僅かに変異する余地が残されている」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が奔(はし)った。気が遠くなる程の寿命、そして「第四段階」以上の存在、何より私と兄さんは「複製」であると言う事実が書かれていたからだ。
石版の内容を吟味する暇も無く、私達は上層へと転送された。目が灼(や)かれるような閃光で瞳を閉じるが、瞼を貫通して真っ白な光が飛び込んで来る。
「眩しいわー!」
リバレスは、少しでも目に飛び込む光を軽減させる為に、私の胸ポケットに隠れた。
「此処は私の出番ですね」
「シェルフィア……、まさか!」
第二階層は「光」、ならば第三階層は「闇」で道を切り開くと言うのか?
「ルナさんっ、リバレスさん。力を貸して下さい! 私一人では発動させられません」
シェルフィアが私の手を握る。彼女に、「魔術発動」の兆しが顕(あらわ)れる。止めろ!
「終焉の魔術、『闇海』!」
嘘だろ? 獄王のみが使える魔術を彼女が! 否、本当に発動させようとしている。私の精神力が一気に吸い取られているからだ。鼓動が早く、大きくなる!
「キャアァ……!」
リバレスの声! 彼女も同様に力を奪われたのだ。気絶したのか、彼女の動きが止まる。
「シェルフィア、止めろ! 君が死んでしまう!」
「ダメです、こうしないと先に進めないでしょう? 私を信じて下さい!」
確かにそうだ。先に進むには彼女に頼るしか……
「ゴォォ……!」
シェルフィアの力が尽きるのと同時に、小規模ながら「闇海」は発動した。光が消える。
「シェルフィア!」
私は彼女を抱き締める! 強く……、強く。
「ほら……、道が出来ましたよ」
「無茶な事ばっかりするなよ!」
彼女は精神力をほぼ失っている。一歩間違えれば死んでいた所だ……
「ふふ……、大丈夫ですよ。でも、リバレスさんと一緒に少し休みますね」
彼女はそう言って、私の腕の中で眠りに落ちた。満足な笑みを浮かべて。私はそっと、自分の目尻に溜まった涙を拭った。黒い床の上に石版があるが、これを見るのは二人が目覚めてからにしよう。今は、二人をぐっすり眠らせてあげたい。
「……ルナさん」
「……ルナー」
シェルフィアとリバレスは私の名を呼びながら目覚めた。眠りに就いて六時間後だ。
「二人共おはよう。大丈夫か?」
二人は目を擦(こす)りながら頷く。私は一人ずつ頭を撫でた。微笑みを湛(たた)えた二つの顔。
「私があの石版を読めば、戦いが始まり後戻りは出来ないかも知れない。二人は此処で休んでいてもいい。……どうする?」
答は解っていた。だがもしも、彼女達が傷付かずに済むならそれに越した事は無い。
「行きましょう! あなたと共に、何処までも」
「私もルナと最後まで一緒よー!」
予想通りの返答。僅かに目元が潤(うる)む。私はシェルフィアと手を繋ぎ、リバレスを肩に乗せ石版へと近付いた。
「ありがとう、シェルフィア、リバレス。私が此処までやって来れたのは二人のお陰だよ。私は二人を誇りに思う……。この先に何が待っているかは解らないけど、これから先も宜しく頼めるかな?」
「私は死さえも乗り越え、あなたの元に帰って来ました。ずっと一緒にいる為に! だから、この戦いが終わっても私はあなたの傍に」
シェルフィアが私の手をギュッと握り締めて私を見詰める。曇り一つ無い強い決意の瞳。私も手を握り返す。いつもはひんやりした彼女の手が、熱を帯びている。
「ルナは私の親同然。例えこの戦いで何があっても、ずっと一緒だからねー!」
穏やかな笑みの中に、刹那浮かんだ「哀しみ」。彼女は何を考えている?
「リバレス、お前は……」
「何でもないわよー。それより、早く石版を読みましょう」
確かにリバレスの小さな双眸に雫が溜まっていた。理由を訊くべきかも知れない。だが私は、中空を飛び回る彼女にそれ以上追及出来ず、石版に目を通した。
「エファロードの最終段階は、『神の継承』。それはロードとサタンの合意により行なわれる。全ての『生命』はこの先で始まり……、そして終わる。神と獄王の意思だけが、果て無き歴史を紡(つむ)ぐのだ。だが、『定められし運命』からは誰も逃れる事は出来ない」
やはり、このフロアを越えるのには獄王の力が必要だった。それよりも、その後の語句が私は気に入らない。新生・中界計画が「定められし運命」ならば、誰も逃れられない事になるからだ。それなら私が変えてやる。運命を変え、新たな歴史を刻むんだ!
小刻みに震えるシェルフィアの肩を私の体に寄せ、肩に乗って来たリバレスの頭を指で撫でる。そして私は静かに目を瞑(つむ)った。
「行こう、この星に生まれた事を『幸せ』と言えるように!」
私達は、「高速回転する光の膜」に包まれた。これは、かつて私達が神から堕天を受けた時と同じ力。私達は神の元へ運ばれているのだ。
三人で体を寄せ合い、生きている温かさを確認する。此処から帰る時も三人一緒だ。