第十六節 蒼の輝耀(きよう)

 王が終戦を決めた後、私達は豪華な部屋に案内された。十m四方で、床も壁も大理石。更にはバスにシャンデリアまである。シルクのカーテンにベッド、私達はそんな部屋に明後日まで滞在するのだ。

 夜になり、私達は夕食会に主賓として招かれた。豪華な料理を食べながら、王や兵士、一般人と話をした。また、多くの人間が私を訪れ、その中には宝石商も多く居た。見事な細工が施された指輪や首飾りを見て、私は兄さんが言った言葉の意味をようやく理解した。一番腕の立つ宝石商に、宝石シェファを預ける。「明朝には出来る」らしい。

 夕食会が終わった後は、シェルフィアと共に眠る。幸せを噛み締めながら……

 準備は万端だ。後は明日の夜を待つのみ。

 翌日、城で朝食を取り私達は部屋のバルコニーから街を眺めていた。少し寒いが、天気も良くて風が気持ちいい。

「今日は折角(せっかく)だし、街に繰り出そうか?」

 私は彼女の頭を撫でて、少し照れながらそう言った。

「はいっ、行きましょう!」

 至福を湛えた顔。幼さを残し、純粋さが滲み出た大きな目を輝かせている。背はフィーネとほぼ同じで、私より二十cm程小さい。その体一杯で喜びを表現する彼女が、私は愛しくて堪らない。今日は二百年振りのデート、そして記念日となる。

「ルナさん、ルナさぁん!」

 はしゃぎながら、私の手を引っ張る。街に兵は殆ど居ない。既に王が通達を出したのだろう。一般人によって活気溢れる街は、見ていて清々(すがすが)しい。

「シェルフィア、そんなに走ると危ないぞ!」

 彼女は私の言葉を気にせず唯、笑っている。再び手を繋いで歩ける、それだけなのに何故こんなにも幸せなのだろう?

 夜、城に戻るまでの時間を、私達は目一杯楽しんだ。

 服やペアの装飾品を購入したり、食べ歩きをしたり。一番驚いたのは、音楽隊が続いていた事だ。「リウォル軍楽団」と名を変えていたが、演奏は相変わらず素晴らしかった。

 城に戻った後、私達は早速買った服に着替えた。シェルフィアは、白のシルクのワンピースに、薄桃色のコート。私は、黒のレザーパンツとジャケットで、赤いセーターも着ている。正直セーターは恥ずかしいが、彼女が「色んな服を着ているルナさんが見たい」と言うので仕方が無い。今日も夕食会があるので、私達は手を繋いで会場に向かう。

「シェルフィアはその服、よく似合ってる。でも、私の服装は可笑しくないか?」

「ありがとうございますっ。ルナさんも凄く似合ってますよ。ほら、周りの女の子も注目してるし」

 私は言われた通り、周りを見渡す。確かに多くの視線を集めている。それが羨望の目なのか、奇異の目なのかは解らないが。

「……ルナさん、他の女の子に興味を持ったらダメですよ」

 彼女が私の頬をつねる。顔は笑っているが、目は笑っていない。

「痛いっ! 大丈夫だよ、絶対そんな事は無いから」

 間違えても浮気などしないが、彼女を怒らせると怖いな……。炎で焼かれそうだ。

「冗談ですよっ、ルナさんはそんな人じゃないから」

 シェルフィアが私の手をギュッと握る。フィーネの頃より、明るくなったな。

 蒼い月光が射すバルコニー。其処に満ちているのは静謐(せいひつ)。夕食会が終わり、私達は無言で遠くの潮騒(しおさい)を聴いていた。私には自分の胸の高鳴りも聞こえ、その音が彼女に届かないかと冷や冷やする。だが、時は満ちた。

「シェルフィア、目を閉じて」

「え、はい」

 彼女は首を傾げながらも、素直に目を閉じた。

「いいって言うまで、目を開けないで欲しい」

 ゆっくりと頷くシェルフィア。私は彼女の体を抱え、翼を開く。そして、蒼月と糠星(ぬかぼし)が煌(きらめ)く空へと飛び立った。

「飛んでるんですか?」

「ああ、もう少しだけ辛抱してくれ」

 私は「転送」も駆使し、数分後目的地に辿り着いた。

「目を開けてもいいよ」

「此処は……、あの時の湖」

 そう、此処は私達の心が初めて通じ合った場所。二百年の時を経ても何ら変わりは無い。鏡のような湖面は、光が敷き詰められた夜空と雄大な山々、そして私達を映している。時折吹く微風が森の木々を通り抜け、湖に漣(さざなみ)を作り出す他に、動く者は私達だけだ。

 私達は、ゆっくりと湖畔に降り立った。

「シェルフィア。今日、此処に来たのには理由があるんだよ」

「理由……? 教えて欲しいです」

 清澄(せいちょう)な空気を伝って、彼女の柔らかな声が届く。

「これを渡したかったんだ」

 私はジャケットの内ポケットから、そっと小箱を取り出す。

「え……、何ですか?」

「開けて見てくれ」

 彼女が緊張しているのが解る。私の緊張感が伝わったらしい。

「……これは!」

「シェファで作った指輪だよ」

 小箱に入っていたのは、虹色の淡い光が煌く宝石がセットされた指輪。私はそれを手に取り、シェルフィアの潤んだ瞳をじっと見詰める。

「私は、永遠に君を愛し続ける。約束するよ、君を必ず幸せにするって。だからこの先に待つ戦いが終わったら……、結婚しよう。この指輪はその約束の証なんだ」

「……はいっ、喜んで!」

 彼女の目元が綺羅星の如く光る。私達はお互い、ギュッと抱き締め合った。そして、彼女の左手薬指に指輪を嵌める。幸福な未来を約束する指輪を。

「愛してるよ」

「愛してます!」

 私達は湖の上を舞いながら、口付けを交わした。愛する人の存在を確認するように、長く長く。二人の目から涙が零れ落ち、湖に波紋を作る。波紋は、仄かに蒼く煌きながら広がり、やがて湖と同化した。

 ようやく、結婚を約束出来た……。君に会うまで、こんなにも心が満たされる事は無かったよ。愛し合える事が、こんなにも幸福だとは知らなかった。

 私達の「永遠の心」は、これからもずっと続いて行く。どんな苦難が訪れようとも。肉体の死さえも、私達を分かつ事は出来ない。

 戦いを終わらせたら、結婚して幸せな家庭を作ろう。この戦いが、どんな結末を迎えるかは解らない。でも私は、絶対に君の隣に居る。

 私には君だけが居ればいい。例え、他に何が失われようとも。エゴでも偽善でも構わない。私は一度君を失って解っているんだ。君が、私の生きる意味そのものだと。

 二度と、悲劇は繰り返させない。

 明日からはまた大変になるだろう。でも、「今」の積み重ねが「永遠」に至る。私は、君と過ごす刹那を大切にする。

 それから、私達は甘く激しい時を過ごした。時間自体が湾曲している、そう感じた。

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