第十一節 黙示
翼を失い、銀から赤に戻った髪を揺らめかせ、ルナは中空に浮かんでいる。リバレスはその傍らで表情を曇らせる。獄王は、静かに彼が目覚めるのを待っていた。
「(目覚めよ、ルナリートよ)」
脳に直接響く重い声。瞼が、否、体の全てが重い。何とか私は目を開ける。
「ルナー! ようやく起きたわね」
リバレスが私の周りを飛び回る。私は宙で横たわっているようだ。獄王と話す為に姿勢を正そうとしたが、上手く体が動かない。翼も、今は出せないようだ。
「無理をするな。エファロード『最終段階』に達していないにも関わらず、あれだけの力を発揮したのだ。それに、我はもう戦う気は無い」
「くっ……、フィーネは?」
声を出すだけで、喉と腹部に鈍い痛みが奔る。力を使い過ぎた反動か。
「ルナリート、お前は神としての力を受け継ぎながら、数奇な運命を背負ったものだな。シェドロットが行う『二百年後の計画』があるというのに。何故お前は、『愛』を主題に生まれてきたのか?」
「計画も生まれた意味も、私には解りません。唯、私は自分の『心』を信じるのみです」
私がフィーネを愛したのは必然だったが、他人に決められた事では無い。己が生きる道は、己で切り拓くものだ。それが私の真理。
「やはり『計画』の詳細は知らぬか。エファロードの記憶は継承されるが、詳細はお前達二人のエファロードの誕生後決められた事だからな」
計画は、シェドロットの最後の責務で、中界侵略を水に流す程重大なもの。一体?
「計画とは具体的に何を示すのですか? 私とフィーネに何らかの影響を及ぼすと?」
私がそう訊くと、獄王は目を逸らした。語る気は無いらしい。
「我は約束通り、女の魂を解放しよう。だが、お前が『永遠』の愛を望むならば、近い未来シェドロットに会う事になるだろう」
遂にフィーネが解放されるのだ! 私の内側から喜びが満ち溢れてくる。しかし、私が現在の神に会わねばならないのは何故だ?
「私がフィーネを愛し続けるならば、私は神の元に行かねばならない……?」
「その通りだ。だが忘れるな。真理を貫く力と心を。例えその道が、シェドロットと相反(あいはん)する物であったとしても!」
その言葉に偽りは無く、悪意も感じられない。エファロードとエファサタンは、憎み、傷付け合うだけでは無く、何処か根底で繋がっている。そう思えた。
「解りました。私は、自分の信ずる道を進みます! 今こそフィーネを解放して下さい!」
獄王が力強い笑みを浮かべ、頷く。眼下の海から、魂が入った小箱が浮かび上がった。
「転生すれば女の記憶は消え、心は何も無い純粋な状態に戻るだろう。生前にどんな約束をしていたとしてもだ。それでも構わないのだな?」
「はい……、覚悟の上です」
甘い希望なのは解っている。それでも私は、彼女を、彼女との約束を信じる。
フェアロットが小箱を開ける。薄桃色のフィーネの魂がゆっくりと色を失い、やがて消えた……。これで彼女は解放されたのだ。安堵、不安、色んな思いが心を駆け巡り、私の目から涙が零れる。
「女の魂は『魂界』へと送った。二百年後……、新たな人間へと生まれ変わるだろう」
「有難うございます!」
私とリバレスは、フェアロットに深々と頭を下げる。
獄界から早々に去れとの事で、私達は獄王の力でフィグリルまで転送された。二週間前よりも気温がぐんと下がっている。街灯の明かりと、それを反射する雪が懐かしい。
フィーネ、二百年後私は会いに行くよ。生まれ変わった君と、永遠の幸せを掴む為に。だからもう少しだけ、寂しいだろうけど待っていて欲しい。