第七節 思惟(しゆい)
フィーネの顔が浮かんで、消えない。何の見返りも求めず、私を助けた少女の顔が。そして父を喪った後の、強い意志を湛えた顔が。自分の命で人間が救われるなら構わない、と彼女は言った。あの言葉に偽りは無いだろう。
どうして、「魔」に命を脅かされ続ける毎日の中で、そんなにも強く生きられる? 天界では、ハーツに従いさえすれば誰でも生きられた。だが、人間は生を望んでも死ぬ。
身震いが止まらない……
紅(あか)い。空と、自分の前髪が。赤は生命の躍動を感じさせる色だ。冬の空は、早い時間に朱に染まる。生き急いでいるかのように。私は生きている。天界の為に死ぬ筈だったのに。虐(しいた)げられる生と自由を解放するのが、私の夢だった。
結論は、彼女の目を見た時に出ていたのかも知れない。私は立ち上がった。
「リバレス、丘へ向かうぞ」
「え? ルナ、冗談が上手くなったわねー」」
肩に乗っていたリバレスが、顔の前に飛んで来る。制止する気だろう。
「私は本気だ」
「ダメよー! 相手は所詮人間なのよ」」
「確かにそうだ。だが彼女の強さ、否、人間に興味が沸いたんだ」
もう少し、話をしてみたいのだ。その靭さが本物かどうか、私と価値観を共有出来るかどうか。
「はあぁ……、やっぱりねー。でも、余計な事に巻き込まれるわよー」
私の考えはお見通しか。私の事を気遣って、止めようとしてくれたんだな。
「心配するな、話をするだけだ。人間の為に、命を懸けて戦う事は無い。それにあの娘は、私達が人間界で生きていく上で役に立つかも知れないだろ」
「はいはい。ルナに危険が無いなら、文句は言わないわー」
「済まない」
リバレスは、苦い顔で手をひらひらさせる。そして、指輪に変化した。
返照を受けて煌く懐中時計を開く。もう直ぐ五時半だ。後、一時間もすれば夜が訪れる。その時私は何を思い、何をしているのだろう?