第四節 史籍

 授業の二時間目、「歴史学」。もう直ぐ、いつもの合同朗読が始まる。ルナは一言一句暗記しているので、教科書を開いていない。

 教師の合図と共に、ルナは目を閉じて暗誦を始めた。

 遥か……、それは永劫(えいごう)の狂気。否(いな)、深淵(しんえん)なる久遠(くおん)の闇。

 光は色を持たず、物は形を持たず、唯、闇に浮かぶ一つの「存在」。内に、あらゆるものを秘め、止まったままの「存在」。それが動き出したのは、僅(わず)か百億年前の出来事だった。

 百億年以上前には、「時」という概念は通用しない。何もかもが「無」であり、その「存在」だけが静かに胎動し、動き出す「時」を確実に待っていた。

 そして「時」が始まった。

「存在」に亀裂が入り、「光」と「物質」が止まっていた「時」を取り戻す為に、また闇を拭い去る為に、無限に加速し「存在」から広がっていった。

「時」の始まりは此処からで、全ての「モノ」の原点が、生み出される事となった。

九十億年前。「存在」から生まれた「モノ」は宇宙を形成し、その破片の物質は眩(まばゆ)い星々になったが、常に超高温の炎に覆われていた。その炎は、暗黒だった宇宙を照らす。まるで暗闇を恐れ、悲しき「無」の世界を忘却へ押し遣ろうとするかのように。

 そのような状況の下、この星、つまり「惑星シェファ」も誕生した。

 シェファは、現在の規模に至るまでの二十億年間、無数の星屑と、真紅の大気を取り込んだ。激しい悲鳴を上げて衝突する星屑(ほしくず)と、真紅の衣に似た大気が当時の光景だった。

 七十億年前。この頃、シェファは現在と同規模に至り、厚い大気によって、恒星S.U.N(Super Ultimate Nuclear star)からのエネルギー放射を遮り、表面温度を下げていく。

 無数の火山が、血の涙とも言える溶岩を流し、大地を形成した。厚い大気からは雨が降り、それが海を形成する。だが、星はまだ高熱な為、その海は常に沸騰していた。

 だがこの時点では、生物は存在不可能だった。

 六十五億年前。時が満ち、世界の始まりとも言える、「運命」の瞬間が訪れる。

 不毛の大地からは後に「神」と呼ばれる生命が、灼熱(しゃくねつ)の海からは後に「獄王」と呼ばれる生命が同時に生まれたのだ。

「神」は周りの物質と、S.U.Nからの「光」を取り込み、驚くべき速度で成長と突然変異を繰り返し、やがては独自の意志を持つようになった。

「獄王」は、灼熱の海の成分を吸収していったが、「神」とは違い、「闇」を増幅(ぞうふく)させながら「神」にも匹敵する速度で進化し、やはり独自の意志を持った。

 それでもこの時点では、両者はお互いに干渉される事もなく、「支配」という高度な知能までを発達させるには至らなかった。

 二十億年前。星は温度を更に下げ、神と獄王以外の生命体も、次々に誕生する。大地には植物が生い茂り、海には多種多様な生物が生まれた。空は青く澄み渡り、海は透明な青色で、空と同化するかのようだった。

 神と獄王は、究極ともいえる進化を遂げる。両者は、単体で子を作ることが可能で、誕生してからの四十五億年間、他の生物の干渉を受けず、二万回にも及ぶ世代交代と突然変異で、他の追随を許さない「力と知能」を身に付けたのだ。その知能は支配欲も生み出し、対立は此処から始まる事となる。

星の統治権を巡り、神と獄王は争った。その波紋は大地を裂き、海を割り、犠牲となった生物が世界を血で染め上げた。

 戦いは数万年に及んだが、互角の両者は、力を削られただけであった。

 その後神は「天界」を、獄王は「獄界」を創り、離れて静かに生きるようになる。天界は、星の大地を削り空高く浮かべたもので、獄界は、星の大地と海を削り星の内部の空洞に沈めたものである。

 元々彼等が暮らしていた星の表面は、「中界」と名付けられ、不可侵領域とされた。

 五億年前。「天界」には「天使」という生命が創られ、「獄界」には「魔」が創られた。天使は、神に似せられて創られたが、魔は獄王の思惑により、多様な形で創られた。

 神や獄王には及ばないにせよ、高い知能を持つ天使と魔の一部は、未知の領域を開拓する為、中界への侵攻を企てる。だがそれらは全て阻止され、大きな問題には至らなかった。

 百万年前。長らく続いた平和を、終焉(しゅうえん)に導く事件が起こる。

 突如神が「戯(たわむ)れ」で、獄王に断り無く、中界に「人間」という生命を多量に創ったのだ。当然、獄王は激怒し、「中界」を制圧する為、魔を送る事となる。

 現在。魔の攻撃にも関わらず、人間は数を増やし続け、その数は天使と魔の総数の数倍にも及ぶようになった。人間に満ちた中界は、「人間界」と呼ばれている。

 天使の役目は、天界を守る事である。天界に、人間や魔の侵攻を許してはならない。また、有事の際は神に従って戦わねばならない。

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