第十四節 神意

「待つのだ、天使ルナリートよ!」

 威厳に満ちた、脳が揺さぶられる声。それが聞こえた瞬間、私の膨らんだ力が急速に萎(しぼ)んでいくのを感じた。一体?

「誰だ!」

「我は、お前が存在を信じることが出来なかった、『神』だ」

 神だと? 有り得ない。

「嘘だ! 『神』が存在するならば、こんな愚者に全権を委ね、独裁を許す筈が無い!」

「天使ルナリートよ、落ち着いて話がしたい。怒りを鎮めるのだ」

 その言葉の直後、一陣の風が吹いた。穏やかで温かい風。その風は、ルナを包み込み元の姿に戻す。憤怒(ふんぬ)も憎悪(ぞうお)も消し去る優しい風だ。

「貴方は、本当に『神』なのですか?」

 怒りも、力も消えていた。私は、そんな事を出来る声の主を信じ始めていた。

「そうだ。我は第二万三千二百六十四代目の『神』。この天界を支える者だ」

 神の存在は認める。だが、歯痒(はがゆ)い。

「しかし! 何故『神』が居ながら、この世界で私達は安息の日々を送れないのですか?」

「我はこの天界を維持する為に、『封印の間』の最上階から離れる事が出来ない。肉体は常に其処に在り、意思を転送する事さえも困難だ。こうして声を聞かせるのも、実に五千年振りの事なのだ」

 穏やかなのに、心に響く力強い声。その言葉に偽りが無いと信じられる。

「我は、常に三つの責務を負っている。一つは、天界の維持エネルギーの産生、一つは天使へのESG供給。そしてもう一つが、『人間界』への関与だ」

 ざわめきが聞こえ振り返ると、裁判所には、神の声を聞く天使で溢れていた。

「我は、五千年に一度しか声を聞かせる事は出来ないが、この世界の為に全力を尽くして来たつもりだ。だが、神官ハーツの圧制に苦しめられていたのは詫びよう……。五千年前に彼を神官に任命した我の責だ。済まなかった。本日より彼を罷免(ひめん)し、余生を『封印の間』で過ごさせる。天界の統治権は分散させよう」

 ハルメス兄さん、クロムさん、遂に天界が良き方向へ向かいます! 私は、今は亡き二人の顔を思い浮かべた。

「だが、天使ルナリートよ。我は公正に、お前も裁かねばならない。幾らハーツへの憎しみが深いとしても、お前は圧倒的な力を以って『殺す』事で解決しようとしたのだから」

 何を言い渡されても構わない。天界に捧げようとしたこの命、願いが成就した今では。

「どのような罰でも、喜んでこの身に受けましょう」

「良い心構えだ。天界と、其処に生きる者を愛するお前の心、しかと受け取った」

「天使ルナリートには、『二百年間の堕天(だてん)』を課す」

 天使としての力を一時的に失い、天界から人間界に堕ちるのが「堕天」。軽い罰だ。二百年後には、戻って来る事が出来るのだから。その時には力も戻る。

「承知致しました。その罰、今直ぐにでもお受けします」

「急ぐ必要は無い。『堕天』は明朝九時に、此処で行なう。尚、その際にはお前の力の九割を封じる。天翼獣リバレスの同行は許可しよう。異議はあるか?」

「ありません」

「それでは、明朝までに準備を整えておくのだ」

 神の声はハーツの姿と共に消えた。私は、神の思慮の深さに身震いする。神は動けずとも、全てを見ていたのだ。自分の責務を果たしながら。私は……、小さい存在だな。

 放心状態が長く続いた。気付くといつの間にか私は、歓喜に沸く天使達に囲まれていた。

「俺達は今日から自由に生きることが出来るぞぉ!」

 無数の歓声。私は早く帰って準備をしなければならないのに、このままでは、此処を出られない。私は、空に飛び上がる。だが、皆も嬉々として私を追う。埒(らち)が明かない。

「(リバレス、帰るぞ!)」

「(解ったー!)」

 意思の転送でリバレスと合流後、私達は部屋に戻った。まさか自分の命日の予定が、人生最高の日になるとは。

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第十五節