「さっきの事だろ?」
彼女は小さい首を「コクリ」と縦に振った。
「……今日は長かったな。でも、私の願いは聞き入れられたし、天界もこれからは……自由を侵されること無く平和に過ごせるようになるだろう。私は満足してるよ。でも、一緒に堕天する事になってごめんな」
リバレスは、少し困り顔になって言った。
「堕天の事はいいのー!ルナが無事だったんだからー!それよりも、さっきのルナの『力』が心配なのよー!」
解っていた。彼女がその事を訊きたいだろうという事は。しかし、わざと話題を逸らしたのだが通用しなかったようだ。
「……さっきの『力』か、あれは私にもよく解らない。裁判で私が陥れられて、リバレスが苦しめられているのを目の当たりにしたあの時……私の感情が、限界を超えたと感じた瞬間にああなったんだ。あの状態になると、力も感情も歯止めが効かない程膨れ上がってどうしようも無かった。神に止められなかったら、どうなっていたか解らないよ」
リバレスは心配そうに私の顔をじっと見つめ、ゆっくりと言葉を返した。
「ありがとー、ルナ。あの時のルナは怖かったけど、今は元に戻って良かったー!ルナの願う『自由な天界』も実現しそうだしねー!でも、明日から『人間界』かー!」
彼女は強張った表情から、いつもの呑気な顔に戻り大きく溜息をついた。どうやら、私の今の落ち着いた表情を見て安心したらしい。
「『堕天』は、私の行いに対しては遥かに軽い刑だが、明日から『下等な人間』と200年も過ごすのは苦痛だな」
私は正直な気持ちでそう言った。
学校で『人間』とは、神が戯れで創った玩具のようなものと教えられている。その玩具の暮らす世界で私達は200年生活しなければならないのだ。きっと話し相手になれるのはリバレスだけだろう。
そもそも……神は何故『人間』などを創ったのだろうか?3代前とは言え、聡明な神が獄王と敵対関係になる事を理解しながら……戯れなどで、『中界』を『人間界』に変えたりするだろうか?
勿論、その考えは私の知る所ではないのだが……
「……はぁぁー『人間界』ねー、200年ぐらい大した事は無いんだけど、良く考えればわたしってまだ224歳なのよねー……って事は、今まで生きてきた分と同じくらい『人間界』で過ごす事になるのー!?……ガーン!」
リバレスは、大袈裟に全身を使ってショックの大きさを表した。その様子が滑稽で、私は思わず笑いを零した。
「あー!ルナが笑ったー!久しぶりじゃない?あはははー!」
彼女は嬉しそうに笑いながら、私の顔を覗き込んだ。確かに最近あまり笑って無かったな。
「お前まで笑うなよ!……それにしても、今日は私にとって一番充実した日だったよ。明日からは、ちょっと辛い『人間界』暮らしだが宜しく頼むぞ。リバレス」
尚も笑い続ける彼女は、楽しそうに返事をした。
「オッケーでーす!」
陽気なリバレスのお陰で、私は明日からの『堕天』が全く厳しいものでは無いような気がしていた。
そして、私達は来るべき明日に備えて準備をして、就寝する事にした。
〜深夜2時〜
私達が眠りに就いてから数時間は経過しただろうか?ドアを「コンコン」と叩く音に私は目を覚ました。
私は今朝の悪夢の訪問客を回想してしまったが、奴らならこんなにも優しくノックしたりはしないだろう。私はベッドから抜け出し、ドアを開けた。
「今晩は」
廊下に佇むその声の主はジュディアだった。今回の騒動の原因を作り出した天使。全ては私を想ってやった事は明白だが、私の考えを理解してくれていなかった事が私の心を締め付ける。
「どうしたんだ、こんな夜遅くに?」
私は熟睡しているリバレスを起こさぬよう、小声で話しかけた。
「本当にごめんなさい!今回の事は全部私の所為なの!私が神官に告げ口さえしなければ!」
涙で目を腫らしたジュディアは、驚く程大きな声で叫んだ。しかし、リバレスは起きなかったようだ。
「もう少し小さな声で話せよ。みんな寝てるんだ!」
彼女はしまった!という表情で口を手で塞いだ。そんな事をしても手遅れだと言うのに。
「……それより、ジュディアは何も気にする必要は無い。今回の件の原因は私の意思に因るものだからだ。あんな形で、意志が表明される事になるとは思っていなかったが、私の『夢』である『自由』は『堕天』という小さな代償で実現する事になった。だから、寧ろ今回の事には感謝してるよ」
私は今の気持ちを率直に述べた。
「そう言ってくれると助かるわ。ありがとう、ううん……ごめんなさいルナ!流石は、私が認めた。いえ、『愛する天使』」
ジュディアは泣き顔で大胆にも、告白宣言をしてきた!前々から何となくそんな気はしていたが、私は動転してしまい声が出なかった。
彼女は、涙で朱に染まった顔を更に赤らめながら、尚も言葉を続ける。
「ルナ、私は200年、誰にも恋をすることなく待つから!今の美しいままの私でいるから!」
彼女の想いの強さが伝わってくる。しかし、彼女の性格や行動を考えると、安易に快い返事は出来ない。
「返事は200年後に」
そう告げると、ジュディアは見たことも無い程悲しい顔をして、無言で部屋に帰っていった。
「相変わらず、ジュディアは積極的ねー!いい加減折れたら?ルナ!」
私がベッドに戻ると、さっきの一部始終を見ていたらしいリバレスが私をからかった。
「ジュディアは……性格や行動に恐さを秘めているからな」